「今日久し振りに"コーヒー庵"に顔出さないか、…純平?…アルバイト辞めてから、一度も訪ねてないんだおれ」
季節は…、そろそろ夏の気配が感じられる頃。良太は純平の車に乗り込むと、そ〜提案した…。わざわざやすみを合わせた二人だが、…取り立てて向かう先はない。…いつもいつだって、そ〜なのだ。
「そりゃゆいや…、おれもたまには美味いコーヒーが飲みたいし。"コーヒー庵"なら、ちょ〜どゆい…」
純平は「コーヒー庵」に向けて車を走らせる、…良太がランで通ってたぐらいなので大した距離ではなかった。
…「いらっしゃいませ、あっ良太くん久し振り。そっちのコも…、よく来てくれてたよね」
「ど〜も」と頭を下げる良太、二人はテーブル席をお願いする…。
「さすがだなあの方、…おれの顔憶えてるぞ」
…メニューを開きながら、純平は驚いていた。
「そりゃ伊藤さんだモノ…、あの人予約の電話とか入ると声で誰なのか当てるからな。すいませ〜ん…」
良太に呼ばれた正社員の伊藤さんは、…すぐにやって来る。
…「アイス・コーヒーと、純平コク深いコーヒーだろ?今かかってる曲は誰のカセット・テープです…、ジャンルはクラシックかな」
純平は「それだそれ」とうなずいた、注文を端末に入力する正社員の伊藤さん…。
「あぁこれ、…ぼくのだよ。…映画のサウンド・トラックをまとめたんだ、曲を書いてるのはみんなエンニオ・モリコーネさんだけれど。"海のうえのピアニスト…"、とかが有名だよ」
「なるほど」とうなずく純平に、良太はピンと来ない…。しばらくして、…順番に二人の飲みモノが運ばれて来た。
…「良太くん辞めてから、も〜一年以上経つね。介護士はど〜…、タイヘンじゃない?」
他にお客さんは入ってなかったから、そのまま正社員の伊藤さんは…。良太と純平のテーブルのわきで、…立ったまま煙草に火を点けてしまう。
…「そろそろよ〜やく、一通りの業務に慣れた感じです。でもタイヘンなのは…、伊藤さんだって同じじゃないですか?」
良太の指摘に、正社員の伊藤さんは苦笑いした…。
「倉庫だって同じだぞ、…物流センターをナめちゃゆけない」
…そ〜笑って、「マイルド・セブン」をくわえる純平。そのあとも…、何気ない世間話を繰り広げるウチ良太はあるコトに気づく。
(そ〜なんだ、こ〜ゆう時間が入居者さんには無いんだ…)
「幸楽苑」に入居されてる入居者さん達には、…完全ではないが。…衣・食・住は保障されていた。大なり小なりのご不満はあっても…、コト欠いたりはしない。だが人間の生活は衣・食・住に不足がないだけで、充ち足りるモノだろ〜か…?
(そ〜娯楽、…つまりお愉しみなんだよね)
…今の良太のよ〜に、大好きな「セブン・スター」を吹かし。店長の淹れてくれた…、美味しいアイス・コーヒーを飲んで。おシャレな音楽にリラックスして、ダラダラ過ごすのだ…。
「しかし相変わらず、…"コーヒー庵"のコーヒーは美味いです」
…うなる純平に、良太は思わず相づちを打つ。こ〜した「美味い」とか「面白い」とか…、「美しい」なんて生きるうえで役に立たないモノ。それが足りないのに、良太は「幸楽苑」で働いてゆてずっと違和感があったのである…。
「ウチの店長は、…とにもかくにも腕は一流だから」
…正社員の伊藤さんが灰皿に灰を落とすと、新しいお客さんが来店された。