本当の愛国心とはなにか?

・このコラムは、ぼくの師事する辻野弥生先生が主催する、「ずいひつ流星の会」で発表する予定だったモノを、趣旨に合わないと自分で判断ししょうがないのでここに掲載させてもらいました。  

          

 昨年は、この合評会を主催されている辻野弥生先生が制作に協力された、映画「福田村事件」が公開されました。ぼくも久し振りに映画館に足を運び、ミニ・シアターの映画を愉しませていただき、辻野先生を始めとするスタッフのみなさんに感謝しています。感想については、いずれ別の機会にまとめるかも知れませんが、ここでは取り敢えずあまり触れません。ただぼくが気になったのは、こうした朝鮮人差別を取り扱った内容の映画が公開されれば、必ずや辻野先生はインターネット上で「反日である」、と非難されるコトでしょう。反日と云う言葉に、あまり馴染みのない方もいらっしゃるかもわかりませんが、反日とは戦前で言えば非国民に当る蔑称です。どんな作品を世に送り出しても、心ない批判は浴びるモノですが、それにしてもあまりにポイントがズレているので、ここで反論を試みたいと考えました。
 「愛国心」と一言口にされると、多くの方は戦前のように、「天皇陛下万歳」のような熱狂的な感情を連想されるかも知れません。先ず最初に、ぼくの考え方を述べておきましょう。「国家」の本質と「時の政府」は同じではない、と云うのがぼくの考え方です。
 一般に「愛国心」が語られる時は、大抵時の政府への忠誠心を指しているような気がします。「天皇陛下万歳」もそうではないでしょうか、天皇陛下は、日本国そのモノではありません。天皇陛下が戦前の日本でどんな存在であったか、ぼくは実感としてよく知りません。ただ戦前であれば政局にも関わり、宗教的な指導者でもあったようです。現在では日本国憲法により「象徴である」とされていますが、いずれにせよ日本そのモノではないのです。政府も同じではないでしょうか、政府は権力を保持していますが、やはり国家の主体ではありません。
 映画「福田村事件」でも、登場する在郷軍人会が何度となく「お国のため」と口にしますが、それは暗に天皇陛下や時の政府の為を示しています。失礼に当たるかもわかりませんが、ぼくはあくまで「天皇陛下万歳」は「愛天皇」であって「愛国」ではない、と考えています。
 ぼくは「愛国心」とは、究極的には「地元を愛する心」だと解釈しているのですね。ぼくは日本に住んでいます、だから「日本はいい国だよ」と語りたい。それはもっと規模を小さくすると、ぼくは野田市に住んでます。そうすると、「野田は古民家がたくさんあって街並みがいいんだ」とか、「美味しいラーメン屋さんがあるんだ」とか、やっぱり愛着を語ります。それが大きくなると、「日本には美味しいおそばがある」とか、「冬に浮かび上がる富士山はキレイだ」とかなんかになるんですよ。
 そう考えると、地域密着で東葛地方の文化・芸術発展の為にご尽力された山本鉱太郎先生は、本当に愛国的だとぼくは想いました。何故山本鉱太郎先生は、東葛地方の為にご尽力されたのか?それは山本先生ご自身が住まわれてるから、愛してらっしゃるのでしょう。ぼくはそれは「愛国心」と同じ心の作用だと想います、違うのは、適用される範囲の規模だけではないでしょうか? 
 では「愛国」は、日本のいいトコロだけを語るべきなのでしょうか?例えばこれを読んでらっしゃる方々の中には、お子さんを育てられたご経験のある方も多数いらっしゃるかと存じます。そんな方々は当然お子さんを愛してらっしゃると想いますが、果たしてお子さんを愛するとは、何でもかんでも褒めて好きなようにさせるコトでしょうか?そんなコト、ありませんよね。例えばお子さんが万引きでもなさったら、烈火の如くお怒りにならなければなりません。
 それならば、「日本を愛する」時も同じではありませんか?もし日本が過ちを犯したのならば、素直に認めてキチンと謝罪を為すべきだとぼくは考えます。日本国の過去の歴史の中に存在する数々の過ちと向き合い、これからの未来に向けて、何をしなければならないかみんなでよく話し合う、それが愛です。子供だって甘やかしてばかりではなく、キチンと間違いを正さなければならないのですから、ましてや天下国家ならば尚更のコトです。
 ぼくは、国家の主体とは民衆だと考えています。ですから、みなさんお一人お一人が日本国の本質そのモノなのです。政府とは、そんな国民が安心して暮らせるサービスを提供する一機関に過ぎません。政府のお役人がみなさんの為に尽力するのは、あくまで労働の一形態なのです。
 だから本当の愛国心とは、友達とか家族とか地域のつながりを大切にする、この辻野先生の合評会や「流山市立博物館共の会」にこそ備わっているモノではないでしょうか?最後にぼくは君が代でも軍歌でもなく、山本先生の愛して止まない、童謡「ふるさと」にこそ愛国心を感じます。