俳句の巨人・小林一茶さんの俳句を意訳してみるく?

・このページでは、ぼくが「史上最も偉大な芸術家は小林一茶さんである」、尊敬してやまない氏のちょいわかりづらい俳句を、みなさんにわかりやすいよう現代語に意訳出来ないかなぁ?と試してみるコトにしました。一茶さんの元の句とぼくの意訳を比較してもらえば、ぼくの文章力では一茶さんの筆致に、スケールの点でとても比較にならないのを、わかっていただけるかと存じます♪

 

・元の句

 「蟻の道雲の峰よりつづきけむ」

・意訳

 この小さなアリさんの行列は、夏の空に湧く入道雲まで、果てしなく続いているのだろうか。

 

・元の句

 「心からしなのの雪に降られたり」

・意訳

 故郷、信濃(長野県)に帰って来たが、この雪は私の心にまで、しんしんと降り積もっている。

 

・元の句

「我星はどこに旅寝か天の川」

・意訳

 私の住む星、地球は、今日も天の川のどの辺りを彷徨っているのだろうか?

 

・元の句

 「名月をとつてくれろと泣く子哉」

・意訳

 幼い子供が、お母さんに背負われて泣きじゃくっている。夜空に浮かぶ、美しい名月を手に取りたがっているのだ。

 

・元の句

「亡き母や海見る度に見る度に」

・意訳

 海を見る、その度に繰り返し、亡くなったお母さんのコトが懐かしく思い出されてならない。いつか私も、お母さんの元に召されるだろう。

 

・元の句

「雪とけて村一ぱいの子供かな」

・意訳

 この雪国信濃にも、春が来た。積もっていた雪も徐々に解け出し、村中の子供達が「待ってました」とばかりに、飛び出して来てあふれている。

 

・元の句

「父ありて明ぼの見たし青田原」

・意訳

 こうして昇る朝陽の元に広がった、気持ちのよい田園風景を眺めていると、父が健在であり共に眺められたら、と残念でならない。

 

・元の句

「やれ打つな蝿が手をすり足をする」

・意訳

 「どうか私のコトを打たないで下さい」、そう手をすり足をすって懇願する、ハエさんの姿は何とも哀れで痛ましい。

 

・元の句

「行く年や空の青さに守谷まで」

・意訳

 歳末も差し迫って何かと忙しい日々だが、この空の青さの下、一つ守谷(茨城県守屋市)まで歩いて出かけるか。

 

・元の句

「しづかさや湖水の底の雲のみね」

・意訳

 入道雲がまるで湖の底に沈むように、水面に映っている。その姿の、何と静謐なるコトよ。

 

・元の句

「小便の身ぶるひ笑へきりきりす」

・意訳

 旅の途中で用を足していると、何とすぐそこにキリギリスさんが見えるではないか。まぁ私の身震いでも、笑われたらいい。

 

 内容的に童謡のコーナーでご紹介してもいいんですが、一応俳句なのでここで。ぼくの俳句です!

「夕焼けに今日の夕はん何だろな?」

「えびフライしっぽも食べちゃう海の家」

「すすきの穂よしとの区別がつかないよ」

「野球帽被って買い物桜の葉」

 

・「ドラえもん大長編観に映画館」 
              マッチ坊や
              
 今年もそろそろ、十一月だ。健二くんはお兄さんから借りる、コロコロ・コミックを楽しみに開いた。やってるやってる、ドラえもんの大長編だ。藤子・F・不二雄先生の描かれる「ドラえもん」は、毎年今ぐらいの季節から、数回に渡ってえがかれる大長編の連載が始まるのだ。
「へぇ〜、今年は『のび太とアニマル惑星』か」
 夢中で読み漁る、健二くん。第一話を読み進めると、何とも続きが気になるトコロで終わってしまう。ワクワクする心を抑えながら、健二くんは宿題の漢字の書き取りを始めた。。
「お金をひろう、う〜んひろうってどんな字だったかな?」
 漢字ドリルを開いても、心はドラえもんの虜だ。これからのび太ドラえもんがどんな冒険をするのか、気になってたまらない。
 十二月になれば、次のコロコロ・コミックが発売され、また少しお話が展開される。そ次の月は、またもう少し。そんなお楽しみが三月ぐらいまで続き、その頃になると何と長編アニメとして、映画館で上映されるのだ。
「お父さん、ぼくドラえもんの映画観たいよ」
 読んでる新聞から目を離して、お父さんはお母さんを呼ぶ
「お母さん、確か新聞屋さんからもらった、映画のチケットがあったろう」
 台所で洗い物をしながら、お母さんは「ええ、4枚あるわ」と返事をした。
「子供にとっては、毎年の風物詩みたいなモノだからな」
 とお父さんは、健二くんの頭をさする。