次の日の朝、良太は男二人の洗濯物を洗濯機に放り込み、純平はみんなの朝ごはんの仕度をしている。
「おい良太、もうベーコン・エッグが焼けるぞ」
座って、ゴンゴン回る洗濯機を眺める良太に、純平は声をかけた。
「じゃあ、勝美さん呼んでくる」
良太は階段を上がると、あんまり気にしてなければいいけど、と思いながら二階のふすまを手でノックする。
「勝美さん、朝ごはん出来たって」
部屋の中でモゾモゾする音と共に、何やらむにゃむにゃ言う声がした。
「アタシ何か疲れちゃった、もう少し寝かせて。朝ごはんは、置いといてくれれば後で食べるから」
勝美の返事に、うなだれて階段を下りる良太。
「勝美さん、まだ寝てたいってさ」
良太の言葉に、純平は動じないように見える。
「そうか、じゃあ先に食っちまおう」
ちゃぶ台に向かい合わせになり、二人で朝ごはんを食べ始めた。
「やっぱり、勝美さん気にしてんのかな」
昨日の温泉で、お土産に買った野沢菜漬けに良太ははしをのばす。
「それはそうだろうな」
純平も、野沢菜漬けでごはんをかき込んだ。
「おれ、悪いことしちゃったかな」
消えいってしまいそうなほど、良太は小さくなってしまう。
「まぁ、あまり気にするなよ。でも、今日は一日、勝美を一人にさせてやろう。それ食ったら、洗濯物干して、車でどこか行こうじゃないか。お前にも、気晴らしが必要だろうし」
良太は、汁椀を口元に運んだ。
「純平、お前お料理出来るんだ。このお味噌汁、いい味してる」
突然の言葉に、純平は少し驚く。
「何言ってるんだ。そりゃ毎日やってれば、誰でも格好はつく」
純平は、一人暮らしなのだ。
そのまま二人は、純平の運転でどこと目的地を決めないままに、ドライブに出た。この辺りは、長野県でも特に観光地ではないから、車の通りは少ない。
「おれ、勝美さんに謝ろうかな」
浮かない表情で、良太がつぶやく。
「どうして?」
聞き流してもいいつぶやきを、純平はあえて問う。
「だって、おれが悪いんじゃないか。おれがバカなんだ、余計なこと言っちゃって」
良太の気持ちは、純平にもわからなくはない。純平は、どう言ったものか思案した。
「なぁ、勝美さん傷ついたのかなぁ?」
良太だって、やはり気になっているのである。ただ不器用だから、うまく言葉に出来ない。
「う〜ん、そんなことはないだろう。お前だって、いい加減な気持ちで告白したわけじゃないんだし」
言葉を選んで、慎重に答える純平。
「こういう時は、あれこれ言葉をかけても逆効果だ、とおれは思うんだ。かえって、関係がこじれるだけで。時間が解決してくれるんじゃないか、どちらにも誠意があるんだから。おっ、道の駅だ。良太、土産物でも選んで来よう」
純平は、ジーナを道の駅の駐車場に停めた。車の数は、それほど多くはない。二人は分かれて、それぞれのお土産を物色する。純平が興味のあるのはお酒だ。酒販のコーナーを見つけると、そこには色とりどりの地ビールが並んでいる。純平もまだ18歳だが、雰囲気が大人びているため、これまで誰からも飲酒も喫煙もとがめられたことがなかった。
「お〜い、純平」
地ビールの一つを手に取って眺めていると、良太の声がする。
「お前と勝美さんのご実家に、巨峰一房ずつ送っといたから」
これだから、と純平は思う。
「いいのか、巨峰なんて高いのに」
良太は両手に、あれもこれもお土産を下げていた。
「いいから、気にしないでくれよ。せっかく遊びに来てもらっちゃったんだから、そのお礼」
良太の親切な気持ちは、疑う余地もない。ただその経済感覚は、一人暮らしの純平とも奨学金を借りて進学した勝美とも違っていた。
その日は一日車を走らせ、長野市まで出た。そこを観光し、夕方帰って来る。
「純平、おれちょっとお酒飲みたいんだよね」
もちろん、良太は未成年だ。幼い雰囲気の良太は、純平と一緒でないと飲み屋さんには入れてもらえない。
「まぁ、時間的に余裕はあるが」
あまり賛成出来ない純平だ。未成年がお酒を飲むことではない、それは自分も同じである。ただ振られて飲む、というのはいかがなものか。大抵の場合、いいお酒にはならない。
「いいじゃないか、おれスウィングされちゃったんだし。どうせなら、パ〜ッとやりたいよ」
良太の言う「スウィングされた」というのは、「振られた」という意味だろう。仕方ないか、と折れた純平は、通りに面した一軒の居酒屋に車を停めた。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうにいる女将さんは、おばあさんで店内には演歌がかかっている。壁には、昔来店したのだろう。芸能人のサインが、二、三飾ってあった。お座敷へ案内されると、純平は早速煙草を吹かす。
「いいなお前は、煙草すえるから」
どこかしらはしゃいだ空気の良太に、純平は落ち着かないものを覚えた。良太は生ビールを、純平はウーロン茶。それにおつまみに、冷奴ともつ煮を注文する。
「スウィングされちゃったおれに、かんぱ〜い!」
運ばれて来た生ビールを、良太は上機嫌にゴクゴク飲んだ。最初の一口で、三分の一ぐらい空けてしまう。
「遠くで呼んでる〜、声がする〜」
おつまみが運ばれて来る頃には、もう一杯飲み終わってしまった。すぐに次の一杯を、良太は注文する。
「おいおい、あんまり無茶するなよ」
止めても無駄なのはわかっているが、一応声をかける純平。良太はそのままジャッキを重ね、普段飲みつけないものだから三十分ぐらいでぐでんぐでんになってしまった。
「あぁ、何でおれはいい男じゃないんだろう」
その頃から、だんだん良太の雲行きが怪しくなって来る。お酒の勢いか、いつもの良太とは目つきが変わっている。
「何で、おれはお前と飲んでるんだ。どうして勝美さんじゃないんだ」
純平の予想通り、良太は次第に絡み始めた。
「純平、お前はモテるもんな。だから、別れたってかまわないんだろ。でも、おれは初恋だったんだ」
黙ってうなずいていた純平だったが、徐々にひどくなる酔態に、連れて来た責任を感じ口を開いた。
「良太、あのな」
良太の顔は真っ赤で、まるでおさるさんである。
「お前の飲んでるそのお酒、お金を出してくれてるのは誰だ?」
ムグムグッとして、良太は答えられない。何故なら良太のふところに入ってるのは、お小遣いだからだ。
「良太、勝美はどうしてる?勝美は、ここに来るお金はどうやって手に入れた?」
何も言い返せない良太だ。勝美はアルバイトして、自分で稼いだお金だ。それに自分の遊ぶお金だけではない、家にも充分なお金を入れているのだ。
「お前は親に甘える、勝美は自立を目指してる。これじゃ勝美にとって、お前は頼りにならないだろ?」
酔ったいい気分は、すっかり冷めてしまう。
「う、うん……」
次第に、良太の目から涙があふれて来る。食べかけの冷奴ともつの煮込みを純平の方へ押しやると、テーブルへ突っ伏した。
「ごめん、お前は何も悪くないよ。勝美さんだってそうだ……」
泣き続けるうち、そのまま良太は寝入ってしまう。少し厳しく言い過ぎたか、そう思って煙草に火を点けると、スマホがメッセージを受信した。どうせ仕事の話だろう。お盆休みぐらい放っておいてくれ、と思いポケットから取り出すと、勝美からだ。そこにはこうあった。
「純平、私はあなたのことが……」
メッセージは、そこで途切れている。全文を読むには、アプリを立ち上げなくてはならない。純平はスマホをテーブルに投げ出すと、煙草を口にし長く吹かした。
「……」
勝美の期待に、気がつかなかったわけではない。そして純平自身、決して悪く思うはずもなかった。何でも自分で試してみる、それが純平の生き方だ。だからお試しで付き合ってみる、それもあり得なくないのだ。純平は、新しい煙草に火を点ける。だが、それでは良太の気持ちはどうなる?同情しているのではなかった。純平は、決して家庭での幸せに恵まれていたわけではない。実家での暮らしには、いつも父の暴力があった。それを見限るように実家をあとにした純平にとって、素直な生き方の良太は、弟のようでもありまた癒しなのだ。
「良太そろそろ行こう、勝美が待ってるぞ」
純平は、良太を起こす。純平にとって、勝美は大切な存在だ。だが良太だって、同じくらい大切なのである。だから、この三人がいい。三人でバカをやって、泣いて笑って。それが、いつまでも続いて欲しいのだ。純平は、メッセージを読まないことに決めた。
良太の別荘に帰ると、二階の電気はまだついている。だがそれは、気にしてもどうにもならないではないか。
その翌日の朝。
「おはよう、二人とも早く起きなさいよ。今日は、アタシが朝ごはん作るから」
良太と純平は、勝美の声で目を覚ました。二人がお布団から出て来ると、勝美はお台所に立っている。
「昨日は、帰って来るの遅かったじゃない。もしかして、怪しいお店にでも行ってたの?」
トイレに入った純平は、スマホを取り出してアプリを起動した。昨日のメッセージは、削除されている。
「勝美さんのお料理は、しょっぱいからいいんだよ。ごはんがいっぱい、食べられるから」
良太もいつもの調子だ。そういえば、良太のお母さんは料理上手なことを、純平は思い出す。
「今日は、いつ頃出発するの?もう荷物はまとめてあるけど」
フライパンを洗いながら、勝美は純平に尋ねた。
「朝ごはん食べたら、すぐに出よう。おれは明日仕事だから、道が混むといけない」
良太は、つまらなそうにしている。
「そんなに早く帰っちゃうのかぁ、ゆっくりしてけばいいのに」
食器を片づけると、純平は自分の荷物をまとめた。とはいっても、二泊三日だから着替えぐらいのものだ。外に出ると、勝美が待っている。
「色々あったけど、あ〜楽しかった〜」
そう言って、勝美は伸びをした。良太も出て来てお見送りだ、車に荷物を運ぶのを手伝う。
「また来年も来ようね、それじゃ良太!」
純平は車を発進させた。一人残された良太は、別荘に戻るとお家に電話をかける。
「もしもし、あ、お母さん?おれ、帰ったらアルバイト見つけようと思うんだ。そうしたら、もうお小遣いいらないから」
・エンディング・テーマ
「リアルサウンド 〜風のリグレット〜 オリジナルサウンドトラック(鈴木慶一)」より
風のリグレット・メインテーマ〜Piano Version by Nana
風のリグレット・メインテーマ〜Orchestra Version
https://youtube.com/playlist?list=PLc6YDEM4RFVs&si=2tUM-f23Eld1mlKc