遥かなる旅 2

一同は、テーブルを囲んで、一緒に夕食をとりました。
テーブルの上には、丸パンと羊の焼肉、新鮮なサラダに、チーズなどが並んでいました。
パーンとエリヤは、ワインを。
アベルとカルナ、それにカインは、羊のミルクを飲んでいます。
カルナ「何もご用意できなくて、恥ずかしいわ…。エリヤ様も、来るなら来るって、予め仰ってくれればいいのよ。そうすれば、少しはご馳走だって、用意できるんだし…。エリヤ様、私あれから、随分料理の腕をあげたんですよ。」
エリヤは、羊の焼肉を食べながら、言いました。
エリヤ「わしにしてみれば、この料理も充分過ぎるぐらいの、ご馳走じゃよ…。カルナ、わしが普段何を食べているか、お前さん、よく知っておるじゃろう。」
カルナは、かつての自分の振る舞いを思い出し、恥ずかしくなって赤面しました。
アベルは、自分から尋ねました。
アベル「エリヤ様、ぼくに用って、一体何なのですか?」
エリヤは、真面目な顔になりました。
エリヤ「そうじゃな、どこから話せばよかろう…。お前さん達、星の雫というものを、知っておろう?」
パーンが、答えました。
パーン「勿論です。あれは我々、ギリシャの神の子供が、大人になって一人前の神となる、儀式に使う物です。あれを使う事で、その者に大いなる星々の叡智が宿り、この地を統べる神々の仲間入りを、果たすのですから。」
エリヤは、不本意そうに告げました。
エリヤ「その星の雫が、今天国で、問題になっておるんじゃ…。お前さんたちも知っておるじゃろうが、星々は天国とも、地上とも交わろうとは、せん。独自の道を歩んでおる…。そこからもたらされる知恵が、果たして我々にとって、本当に善なる物なのか、判断がつかん、と言うんじゃ…。」
アベルは、不満そうに言いました。
アベル「そんなの、バカにしてますよ!オリュンポスの神々は、皆立派にこの地を治めているじゃ、ありませんか?ぼくの父さんだって、そうです。天国に対して、敵対した事なんて、一度もないっていうのに…。」
エリヤは、頷きました。
エリヤ「モーゼは、そう言った…。勿論、わしもじゃ。しかし、今天国は、微妙なんじゃ。あのルシファーに動きがあって、あちこちの国々の、腹を探っている。それで、ギリシャの神々も、信用ならんと、来たわけじゃ…。」
カルナは、口振りは穏やかでしたが、怒りを秘めた調子で、尋ねました。
カルナ「それでは、どうすればその方達は、納得してくださいますの?」
エリヤは、ハッキリと答えました。
エリヤ「そこで、わしが星の雫が滴り落ちるという、悲しみの山の、星々の頂に、赴く事になったんじゃ。」
パーンは、驚きました。
パーン「バカな!我々でさえ、直接あの山に登った者は、おらんのです。大神ゼウス様が、大切に保管されている物を、我々は分かち合っている、だけなのですから。その道は険しく、例えキリスト様であっても、あの山は恐らく拒むでしょう。そんな所を、登ろうなんて…。」
アベルは、エリヤの用というものが何なのか、感ずいた様でした。
アベル「ぼくに、用というのは…。」
エリヤは、厳かな口調で言いました。
エリヤ「お前さんが、想像しておる通りじゃ…。お前さん、わしと共に、悲しみの山を登る気は、ないか?」
パーンとカルナは、絶句しました。
カインは、よだれをたらし、そのよだれが小さな池を作るのを、眺めておりました。
パーン「アベルが、悲しみの山を登る…?一介の、羊飼いに過ぎないのに…。」
カルナ「そんなの、とても無理だわ…。せっかく、幸せに毎日を過ごしているのに、そんな事で取り上げられてしまうなんて…。」
エリヤは、表情を見せずに、言いました。
エリヤ「わしは、思う。お前さん達の考えていることの方が、きっと正しい。それが、道理じゃろう…。しかし、わしには説明は出来んが、アベルの力が必要な時が、きっと来る気がするんじゃ…。だから、アベル。すまんがわしに、力を貸してくれんかのう?」
アベルもまた、表情を見せませんでした。
アベル「今夜は、この家にお泊まりください、エリヤ様。ぼくは、明日の朝までに、必ず答えを出したいと、おもいます…。」