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Black Swan -overload- 11

聖コノン騎士団の駐屯する砦は、ヘムの村から見てオルト山の反対側にあった。
港町ミルムと隣り合っていて、物資などはそこから運んでいる。
セトは砦の最上階の団長室で、事務仕事に追われていた。
目を通さなければならない書類の山に囲まれて、頭を掻く。
「訴えたい気持ちは、わかるんだけどね…。」
セトは半分諦めてしまって、パイプを取り出した。
煙が部屋に充満する頃、誰かが扉をノックした。
「誰だい?名乗りたまえ…。」
扉の向こうから、生真面目そうな声が響く。
「ルカーシです。報告に参りました!」
セトは煙を長〜く吐き出すと、短く返事をした。
「入ってくれ。開いてる。」
ルカーシは、革靴をカツカツ鳴らしながら、入室する。
セトは、挨拶はいいからと目で合図した。
「どうだい、ヘムの村は?何か、動きはあったかな。」
ルカーシは、敬礼しながら報告した。
「異常ありません。依然として小競り合いが続いており、負傷者が二名出ております。」
セトは、パイプを机の上に立てる。
「それは、残念だな…。どうだろう?狗香炉は動いてるかい。」
ルカーシは、微動だにしない。
「あれから動きは見られていません!全く報告も上がっておらず、動向は不明です。」
「そうか…。」
セトは、大きく息を吐いた。
「セト様、私自身の私見を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
セトは再びパイプを取り上げて、口に咥える。
話してもよい、という合図だ。
「狗香炉は、本気でヘムの村を侵略する気があるんでしょうか?攻撃も、常に小規模で散発的です。まるで、攻撃を行っている様に見せかけているだけで、実際には…。」
セトは、煙を吐き出した。
「当然だが、そう思わせておいて取る。そういう作戦だとも考えられる。君には要らない忠告ではあるが、言わせてくれ。やはり、油断は禁物だ。」
ルカーシは、肝に命じようと考えた。
「わかりました。それと、ハウシンカ様が…。」
セトの眉が、ピクリと動く。
「何だ?」
「セト様にお会いしたいと、そう…。」
セトは、煙を細く吹き出した。
「ルカーシ、到着そうそう悪いんだが…。」
ルカーシは、再び敬礼をする。
「はっ!」
セトは、穏やかに笑った。
「そうしゃちほこばるなよ。昼ご飯にしよう。ミルムにいい店を知っている。まだ、食べてないんだろう?」
「光栄です!」
セトは上着を着て、ルカーシを伴い港町ミルムに向かった。
ミルムの町は比較的大きく、人でごった返している。
セトとルカーシは人混みをかき分けながら、森の小人亭に入った。
森の小人亭は小ぎれいな内装で、店内のあちこちに花が活けてあったり、可愛らしい人形が飾られている。
今風のオシャレなカフェだ。
二人が席に着くと、元気な声が響いた。
「いらっしゃい、お客さん!あ、セト様!また、来てくれたんですね。」
セトは、ニッコリと笑う。
「やあ、エマ。いつもの奴を頼むよ。君はどうする?」
「私も同じもので…。」
エマは、伝票に注文を急いで書き付けた。
「あいよ、毎度ありー!お母さーん、またセト様が来てくれたの。いつものヤツー!」
セトは上着を脱いでエマに渡す。
エマはルカーシの上着も受け取ると、店の奥に引っ込んだ。
午後一時半を回っているせいか、店内には他に客はいない。
「どうだい?店の感想は。」
ルカーシは慣れない所為か、冷や汗をかいている。
「はあ、自分は…。こういう所には不慣れでして。」
カフェ・ラテが二つ運ばれてくる。
セトは、息を吹きかけて充分に冷ましてから口に運び、ゆっくりと味わっている。
「ゼクくんは、どうしてる?元気かな…。」
ルカーシは目を上げて、断言した。
「率直に言って、彼は私の部下に欲しいです。いや、もしかしたら私が彼の部下になるべきかも知れません。」
セトは、その答えに満足そうだ。
「やっぱり、そうだろう…。どうしよう、推薦してみようか?ぼくの名前で…。」
「お待ちー!カルボナーラ目玉焼きのせの、特特、特別盛りだよ!」
エマは、お皿に山盛りのカルボナーラを運んで来た。
重そうに、テーブルの上に乗せる。
「もう一つは、ちょって待って!」
エマはちょこまか走って、もう一皿運んでくる。
セトは、エマに優しく語りかけた。
「エマ、そこにお座り…。」
「えへへー、すいませんね、毎度どうも。」
エマは別なテーブルから椅子を一脚引きずって、セトとルカーシと同じテーブルにつく。
「何があったのか、話してごらん。」
エマは、目を輝かせて話し始めた。
「えっと、今日は朝目が覚めたら、朝ごはんの支度をしたんです。お母さんは、お店の仕込みをやってました。その間に、ハムエッグとシーザーサラダを作って…。ウチはね、ハム二枚食べるんです。女なのにって、思うでしょ?でもね、やっぱり働くには食べないと!だから、二枚二枚!それで、シーザーサラダにはクルトンを入れて。あたしは、クルトン大好きなの…。」
エマは、延々と話し続ける。
セトはそれをニコニコしながら、時折相づちを打っては聞いていた…。
セトは、カルボナーラを時間を掛けて食べ終えると、席を立った。
「お代は…。」
セトは周りから見えない様に、エマのエプロンのポケットに金貨を二枚入れる。
セトとルカーシは上着を受け取ると、店を出た。
ルカーシは、たまらず言った。
「セト様、幾ら何でも支払い過ぎですよ。相場の十倍以上じゃないですか!」
セトは微笑んで、遠くを見ている。
「いいんだよ。ぼくにだって、気晴らしは必要なんだから。」
セトは人混みの中を、黙って歩き出した。