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Black Swan -overload- 20

ゼクは、記憶の海を漂っている。

昔、小さな村があった。
そこには、聖なる槍の欠片が安置されていて、村の人々に愛されていた。
それを、影の国の蛇が嗅ぎつけたのである。
村は度々、黒き騎士達の襲撃を受ける様になり、人々は冒険者を雇った。
やって来たのは、フィルという剣士と忍者ドク丸である。
彼らは勇敢に戦ったが、黒き騎士達の攻勢は日増しに強まり、遂に騎士団の派遣を要請した。
フィルとドク丸は騎士団と共に戦い、黒き騎士達を押し返していた。
ある時フィルの耳に、村の近くの森に黒き騎士達の本隊が隠れている、という情報が入った。
フィルは、奇襲作戦でこれを討とうと提案する。
ドク丸は罠ではないかと疑っていたが、フィルに従った。
フィル達はドク丸と僅かな守りを残し、奇襲作戦を決行する。
果たして、罠であった。
フィル達が用意されていた囮を懸命に追い回している間に、村は黒き騎士達の襲撃を受けた。
ドク丸の時間稼ぎにより、何とか聖なる槍の欠片は守り切ったが、村には多数の死傷者が出た。
「すまない…。俺のミスだ。」
フィルは、肩を落としている。
「仕様がないことでござろう。勝負は、時の運でござる…。」
ドク丸は、フィルに声を掛けた。
フィルとドク丸は、死傷者の搬送を手伝っていた。
フィルは、道端に若い女性がうつ伏せに倒れているのを見かける。
背中から疲れたのであろう、傷口は深かった。
「いたわしいことだ…。」
するとその下から、モゾモゾと一人の男の子が這い出して来た。
「…隠れていたのか?」
フィルは、驚いて声を掛けた。
男の子は言った。
「母さんは、ぼくをかばった。だからぼくは、隠れていたんだ!」
フィルは、男の子の瞳を見た。
…だから、炎が燃え盛る様な瞳でフィルを見詰めていた。
「俺は、フィル。名前は?」
男の子は、静かに名乗った。
「ぼくは、ゼク…。」
フィルは、何かを思った。
それは言葉には出来ない。
「ゼク、俺についてこい。そうすれば、お前の願いは叶うだろう。」
それからゼクは、フィルとドク丸と共に冒険の旅に出た。
フィルは言った。
「俺には、子守をしている余裕はない。生き残りたければ頭を使え。工夫をしろ。」
ゼクは、必死にフィルに着いて行った。
フィルは、大抵一番激しい戦いに飛び込んで行ったから、ゼクもそれに着いて行った。
始めは、何も出来なかった。
ただ逃げ回っていただけだ。
ある時、フィルは言った。
「戦いの場で最も大切なのは、共に戦う仲間だ。俺達は、仲間の為に戦う。お前も、仲間の為に何かするんだ。」
ゼクは必死に逃げ回りながら冒険者達の戦いを観察し、やがて傷口の応急処置を覚えた。
彼らが飲んでいたウィスキーやラムで傷口を洗い、道端に生えている草花から煎じた薬を塗って、包帯で固定する。
薬草の作り方は、ある村で老婆から教わった。
ゼクは戦場を駆け回って、あっちこっちで手当てをした。
フィルは、再び言った。
「仲間から信用されること。それが、生き残る秘訣だ。誰かの為に命を晒せば、必ず誰かは助けに入る。それが、戦場だ。仲間から信頼されろ、いいな?」
ゼクは、物資の補充を買って出た。
薬、食料、酒煙草、武器、甲冑…。
冒険者達のキャンプから前線へと、どんなに細かな要求でも、矢一本から運んだ。
始めのうちは、走って運んだ。
だが、やがて見よう見まねで馬に乗ることを覚え、戦場を縦横無尽に駆け巡った。
そして、フィルは言った。
「ゼク強くあれ、いつでもな!仲間にとって、一番手が掛からなくて有り難いのは、生き残ってくれることだ。仲間の為に、強くなるんだ。いつまでも助けられているな。誰かを助けられる戦士でいろ!」
フィルは、ゼクに剣術を教えた。
ゼクは、自分で木から切り出した木刀を振り回し、暇があればフィルに相手をしてもらった。
フィルは、熱心にゼクに仕込んだ。
「ほら、ダメだダメだ!腕で振り回すんじゃない。」
フィルは鞘に入れたままの巨大な剣で、ゼクの相手をした。
「足を使うんだ、足を!剣は、足で振るものだ。」
ゼクはそんな日々の中で、メキメキと実力をつけて行った。
フィルは今、首都シュメクの冒険者養成所で教官をやっている。
フィルは、子育て剣士として有名になってしまっていた。
「あのガキ、ゼクとか言いましたかね?まだ、生きてるんだかどうだか…。」
あの日々を共に過ごした、元冒険者の一人がフィルに語りかける。
「そりゃ、生きてるだろう。アイツは、運だけはいいよ…。そこを、俺は買ったんだ。」
西陽に照らされて、フィルは遠くを見詰めて微笑んだ。