Black Swan -overload- 27

「おーし、待たせたなみんな!安心しろ、もう大丈夫だ!」

ゼクは、大声で叫ぶ。
仮設の聖壇が作られたサモン・ジェネレーターに、ゼクとソクロ、それにヘムの村発掘現場に駐留している聖コノン騎士団からの応援二個小隊が到着した。
これで、ヘムの村駐留の聖コノン騎士団は、一個中隊をサモン・ジェネレーターに派遣し、保有する戦力の半分を投入している。
「や〜っと来たかあ…。遅いぜぇ。俺はもう、疲れた…。」
ローランドはゼクの声を聞くと、ナイフを投げ出して地面に座り込んだ。
「悪かったな…。準備に手間取ったんだ。疲れてる奴らは、一旦退がれよ。俺達は前にでるぞ!」
応援の騎士達は、一斉に鬨の声を挙げる。
その頃、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場では…。
「では、起動して下さい…。」
ハウシンカの指示が、係りの者に連絡されて行った。
「よし、一番と三番の出力を上げろ!」
発掘現場の中心には、鋼鉄とも大理石ともつかない物質で出来た、人一人乗れる程の円盤がある。
そこに様々な装置が連結され、プロジェクターに繋がれていた。
連結されている装置のスイッチが次々と入力され、円盤にエネルギーが送られる。
円盤は、低い唸り声の様な音を立てながら輝き始める。
ミミカは、記録係だ。
自分の担当の機器を手早く操作し、プロジェクターの録画を開始する。
円盤の音が高まって行き、研究員達の前に幻影が映し出された。
川沿いの土手の上を歩いて行く青年の映像…。
ハウシンカが繰り返し見るあの夢、ラルゴとロムスの夢だ。
発掘現場にいる人間の中で、転送機に乗ったのはハウシンカ一人であったから、他の研究員達にとっては初めて観る映像である。
研究員達は、驚きの声を挙げていた。
杭を埋め込むラルゴ…。
叫び出すロムス…。
ザハイムの研究員達は、映し出される映像一つ一つの意味を話し合っている。
同時に彼らはその映像に、ある陶酔を感じていた。
神聖な法悦である。
装置や機器でごった返している発掘現場に、あの音…、世界の割れる音が響き渡る。
その場に居合わせた者は、誰もが存在の根幹に響く不安を憶えた。
その時、ロムスが叫んだ。
「…シンカさ…。」
ハウシンカは、すぐに気づく。
夢と違う!
「…ウシンカさん。私は…。」
繰り返される。
映像と音声が分離し始めた。
研究員達も、首を傾げている。
ロムスは、三度叫んだ。
「ハウシンカさん。私はロムス。」
プロジェクターに映っている映像は、奇妙に捻じ曲がって黄金に輝く八端十字架を浮かび上がらせていた。
その周りには、ピンクと紫の雲が掛かっている。
ミミカが録画用のモニターを覗き込むと、そこにはハウシンカの供述通りの、世界が音を立てて崩れていくシーンが映っていた。
ハウシンカは、息を飲んだ。
「…これが、ハリストス!」
ハウシンカの近くの誰かが気付き、声を挙げた。
ロムスの声は、耳から聴こえるんじゃない。
直接、イメージとして届くんだ!
ハウシンカの心に、暖かくも切ない声が響いた。
「ハウシンカさん、あなたは愛を知っていますか?」
研究員達の目が、一斉にハウシンカに注がれる。
ハウシンカは、毅然として対応した。
その場に居合わせた人々は、誰しもがそう語る。
しかし、ハウシンカは内心震え上がっていた。
…尿失禁していた。
「もちろん、知っています。…恋人、いますから。」
ハウシンカは、あらかじめ用意された脚本を読み上げた様に、棒読みでそう口にした。
ロムスは笑った。
何故そうわかるのかは、わからない。
ただ、みんなの心がとても弾んだのは確かだ。
「強がりはお止めなさい…。あなたは、未だ愛を知りません。でも、この間いいことがあった…。そうでしょ?」
ハウシンカは、装置のコントロール・パネルに手を突っ張り、必死に体を支えていた。
「それは、私のプライヴェートです。研究とは、関係ない。」
先ほどと、同じだ。
まるで感情の感じられない、抑揚のない声。
十字架が、神々しく輝く。
「あなたは、自分がしていることを理解出来ていない。ねんねえだもの…。あなたが自らの行いを振り返り、自らの不遜さに震えるには、一度世界を危険に晒す必要があるんでしょうね。そんなラブ・ストーリーも素敵…!私にしてみたらそんなの茶番だけど、少しだけ羨ましい。人間はいいわね。ホントに、少しだけ!」
ハウシンカは、声を震わせた。
「あなたは、どうなんですか?全てを超越している救い主に、愛されることが必要ですか?」
ロムスの輝きは落ち着き、ある甘さを放った。
「ラルゴは、私を愛したわ。抱いたの、私を。彼の熱い情熱が、私を女性にした…。神だから固く閉ざしていた私の心の扉を、…ラルゴはその逞しさで開いてしまった。…私を愛したのは、イイススじゃない。ねえ、あなたに想像出来て?」
映像と音声は、失われる。
ハウシンカは、一瞬でオルガズムに到達していた。
それは正しく、エクスタシーと言える。
そして、トイレに駆け込んで吐いた。
 

Black Swan -overload- 26

ゼクは、今日は非番だった。

発掘現場の宿舎で目を覚ますと、もう大分陽が高くなっている。
ゼクは、あくびをかみ殺しながらベッドから起き上がり、着替えを済ます。
Tシャツは特にこだわりはない。
普通に、Dickiesで購入した蹄鉄のロゴの入った赤い無難な物だ。
だが、ジーンズはLeeの「101riders」1955年モデル(当然、復刻ではある…。)。
憧れのジェームス・ディーンが映画ではいていた奴で、ゼクはずっとこれだけをはいていた。
スニーカーは、ネイビーのジャック・パーセル
陳腐だとは思ったが、ジーンズに合わせるのだから仕方がない。
ヘムの村に着くと、時刻はもう昼だ。
行きつけのラーメン屋「招福軒」に行くと、店の前にソクロが立っている。
「あれ…?ハウシンカが来てんのか。」
ソクロは、黙って頷いた。
ゼクが店の引き戸を引くと、隅っこでハウシンカがチャーハンを食べている。
白×ネイビーのボーダートップスに、ワイドなデニムパンツ。
それに椅子に掛けられたテーラード・ジャッケットという出で立ちは、明らかに浮いている。
「何だよ、お前。こーゆー店に来んのかよ?」
ゼクはハウシンカと同じテーブルの、向かいの席に腰を下ろした。
「馴れ馴れしいわね。いつものカフェが休みだったから…。たまたまよ。」
ゼクは、注文を取りに来た若い女性に告げた。
「…チャーシューメン大盛りとギョーザね。」
注文するとゼクは、すぐに煙草に火を点ける。
「あなたね、人が食事してるのよ?それに、私は煙草大嫌い。」
ゼクは気持ちよさそうに煙を吐き出すと、ハウシンカに言った。
「この前は、引っ叩いたりして悪かったな。別に詫びって訳じゃないんだが、何か買ってやるよ…。」
ハウシンカは、チャーハンを口に運びながら言った。
「女性に暴力を振るう男なんて、最低よ。」
ゼクは、のんきに天井を眺めている。
やがて、チャーシューメンが運ばれてくる。
ゼクが箸を割りラーメンをすすり始めると、ハウシンカは席を立とうとした。
「…ごちそうさま。」
ゼクはチャーシューメンの湯気の向こうのハウシンカを、手で制した。
「いーから、少し付き合えよ。俺が払うから。」
ハウシンカは忌々しさを感じながら、再び席に座った。
二人は、村にある民芸品の店「しず屋」に立ち寄った。
村の伝統工芸品を取り扱っている店で、木を彫ったり麻を編んだりした、小物が並んでいる。
「どれにする?」
「私は、欲しくない。」
ゼクは少し眺めると、天然石をはめ込んだネックレスを手に取る。
「これで、いーんじゃねーか?」
ケルト十字に似た形で、十字の中心に石がはまっていた。
ラピスラズリは、ハウシンカの誕生石だった。
「ばあさん、このネックレスはどんないわれがあるんだ?」
店先に座っているおばあさんは、ゆっくりとしゃべり始める。
「この辺一帯は、昔っから崇高至善様を崇めてますだ…。だから…ここにある品物は、みんな崇高至善様への捧げ物です。」
ゼクは、お金を支払う。
「ちょうどいい。そんな陰気臭いネックレスは外しちまえよ。」
ハウシンカに押し付けると、ハウシンカは返そうと抵抗する。
「いらなきゃ、捨てろよ。俺は構わねー。」
ハウシンカは苦虫を噛み潰した様な気分で、店を出ようとドアの取っ手に手を掛けた。
…すると。
ゼクが後ろからやって来て、ハウシンカの体を自分の方に向けると、そのまま唇で唇を覆った。
ハウシンカの脳裡に、「この恥知らず!」という言葉が思い浮かんだ。
しかし言葉が思い浮かんだだけで、何も出来ない。
ゼクは唇を離すと、言った。
「俺は、お前のことは嫌いじゃないぜ。悪く思うなよ。…じゃーな!」
ゼクはそのまま店を出て、どこかに行ってしまう。
ハウシンカは、抵抗出来なかった自分に愕然とした。
そして、胸の高鳴りを抑えられない。
「Born slippy(Nuxx)」 Underworld
その頃、ゼク達が発見したサモン・ジェネレーターでは、死闘が繰り広げられていた。
ゼク達がサモン・ジェネレーターを発見してから間もなく、応援が到着した。
それからすぐに仮設の聖壇が設けられ、騎士団付きの司祭一人と助祭二人による、サモン・ジェネレーターの解除が始められる。
サモン・ジェネレーターの解除は、早くても一週間はかかる。
その間騎士達は、聖壇と司祭達を守り通さなければならない。
ローランドも、ここにいた。
敵の攻撃は激しい。
今までとは、段違いだった。
騎士達は二個小隊派遣されていたが、既に半数は戦闘不能だ。
「また、新手か?数は!」
ローランドはナイフを二本、両手に構える。
ミミカの為に体術を学んだのだ。
刀は重くて無理だったので、ナイフに切り替え体術をミックスした。
「ミミカちゃん、見ていてくれ!俺は、君の為に戦うぜ!」
ローランドは、新たな敵に向かって走り出す。

Black Swan -overload- 25

悪鬼は、必要以上には近づいて来ない。

槍のリーチを活かして、遠間から突いて来た。
ゼクは刀身で受け流し、接近を試みる。
その間に壮年の騎士は脇に回り込み、攻撃を仕掛けた。
「こっちだ、行くぞ!」
壮年の騎士は、剣で力強く打ち込む。
悪鬼は槍の柄の根元で、かろうじて受ける。
「そらっ、こっちだぜ!」
その隙を突いて、ゼクは刀を閃かせ悪鬼の首を刎ねた。
「ゼクさん!」
壮年の騎士はゼクの背中を、盾を構えて庇った。
聖別された神聖な盾が、魔法の炎を遮断する。
「真にほむべきかな、神々を統べ給う至聖なる三人の神…。人間に造られし至聖三者よ!我らの苦悩、悲哀、疲労を慈しみ給え!!」
ソクロは、祈祷を終えた。
すると魔法陣を形作っていた赤黄色い光を押し返す様に、青紫色の光が疾る。
サモン・ジェネーレーターの魔力は逆流し、残っていた魔導士と悪鬼を吸い込んでいった。
「ふうっ!やりましたね、ゼクさん。」
壮年の騎士は、息を吐いた。
「まだまだだ…。応援が来るまで、ここを守らねーと。」
そうは言いながらも、ゼクも笑っている。
「いや〜、疲れました…。」
ソクロは疲れ切って、地面に尻もちを突いていた。
同じ頃、セトはエマを連れて、海岸を散歩していた。
あいにくと、天気は曇っている。
「楽しい〜!うん、あたしは今、とても楽しい!!」
エマは、はしゃいで駆け出した。
やがて靴が邪魔になったのか、放り出して駆け回った。
「お〜い!あんまり、遠くまで行くんじゃないよ…。」
セトはゆっくり歩きながら、エマを見詰めている。
「セト様、こっち〜!こっち来て!」
エマは袖をまくり、砂を掘り始めた。
砂は高く積まれて行き、山の様になっている。
「こらこら、服を汚すなよ。」
セトは、苦笑いしている。
エマは猛烈な勢いで、砂を盛って行った。
エマは、セトの所に走って来た。
「セト様…。」
「何だい?」
セトは、エマの顔を覗き込む。
エマは、うつむいて言った。
「あの…、セト様のお名前、お借りしてもよろしいですか?」
セトは、エマの頭を撫でて言う。
「いいよ。君の好きにするといい…。」
エマは砂で造った山の所に走って戻ると、その両脇に、落ちていた枝を使って、セト、エマと書いた。
セトは微笑んで、その光景を眺めている。
砂の山は、ハートの形に盛られていた…。
エマは再び、セトの所に走って来た。
敬礼の真似をし、片手を挙げる。
「セト様、セト様!あたしの空腹を、報告します!」
セトは、プッと吹き出した。
「昼ごはんを食べに行こう…。その前に、手足をきれいにしないとね。」
二人は近くの水道に行き、エマの砂にまみれた手足を洗い流した。
エマが水で洗っている間に、セトはエマが放り投げた靴と靴下を拾ってくる。
「ありがとう…、ございます。」
セトはそのままタオルを取り出して、エマの手足を拭い始めた。
エマは、体が火照って来るのを感じた。
「さ、行こう。」
セトとエマは、並んで歩き出す。
エマの手を、セトの華奢な指先がそっと包んだ。
セトは、何も言わない。
まるで、いつものことみたい…。
そんなことを、エマはボンヤリしながら考えていた。
エマは聞いた。
「セト様にとって、あたしは何なんですか…?」
セトは、前を向いたままだ。
「今は、未だその答えを望まないで欲しい…。いつか必ず答えは出す。そして君を不幸には、絶対にしない…。」
エマは何だか嬉しかった。
「はい…!!」
「Mallholland」 Stars of The Lid

Black Swan -overload- 24

「ゼクさん、大変です…!」
あれからしばらく経って、若い騎士は慌てて駆け戻ってきた。
「どーした?何があった。」
若い騎士はゼク達の所まで来ると、ゼイゼイと荒く息をして報告した。
「この先で、サモン・ジェネレーターを発見しました!」
ゼクとソクロは、顔を見合わせる。
「ソクロ、行くぞ。」
「行きましょう…。これで、決着がつくといいんですが。」
ゼク達が若い騎士に案内されて先へ進むと、壮年の騎士が山道から崖下を覗き込んでいる。
壮年の騎士はゼク達に気がつくと、崖下のある地点を指差した。
「あそこです…。木の陰になっている。赤黄色い光が見えますか?」
ゼクは膝を突いて、指し示された辺りを覗く。
成る程、間違いない。
「崖はそれ程高くはないな…。ソクロ、サモン・ジェネレーターの解除は出来るか?」
ソクロは、頭を掻いた。
「残念ですが、わたしはまだ助祭の身でして…。サモン・ジェネレーターの解除は、司祭以上の位階でないと行えない奇跡なんです。」
ゼクは考えた。
「そうか…。それなら、司祭が必要だな。」
壮年の騎士はゼクに言った。
「それに、ここからだと木の陰になって、敵の数がわかりません。どうしましょう?」
こうしている間にも、サモン・ジェネレーターからは新たな悪鬼が姿を現そうとしていた。
ゼクは壮年の騎士に、簡潔に尋ねる。
「アンタ、来るかい?」
壮年の騎士は一瞬ビクッとしたが、すぐに気を取り直して答えた。
「行きましょう…。当然じゃないですか。」
ゼクは、笑った。
「よし、決まりだな。若いの、一っ走りお使いを頼む。ルカーシの所に走って、司祭と応援を呼んで来るんだ。ソクロとオッさんは、俺に着いてこい!」
若い騎士は、食い下がった。
「待って下さい!ぼくにも、戦わせて下さい。ぼくだって、やれるんです!」
ゼクは自分よりも年上の若い騎士に、優しく微笑んだ。
「もう少し強くなったら、な?さあ、行くぞ!!」
ゼクは先頭を切って、崖を駆け下りる。
三人はサモン・ジェネレーターのすぐ前に、飛び出した。
サモン・ジェネレーターの向こうには魔導士が一体、その両脇に魔導士を守る様に二体の悪鬼がいる。
ソクロは大声で、ゼクと壮年の騎士に呼びかけた。
「二人共、私を援護して下さい。これから神に祈りを捧げ、召喚を食い止めます。」
ソクロは、首に掛けていた「太陽を抱く月」を外すと、手の平に乗せて詠唱に入った。
「我等を護り、導きたまいし、偉大にして崇高なる至聖三者よ。その深遠なる叡智を、我等に示し給え…。崇敬者、生命と花木、主ストーム・ライダーせんさん。ラルゴに造られし、新たなる神々の長…。」
悪鬼はソクロの詠唱に気付くと、一体がこちらに近寄ってきた。
もう一体は、魔導士を守ろうとしているらしい。
ゼクは、ソクロと悪鬼の間に割って入り、白刃を抜き放った。
その頃ルカーシは、ヘムの村の発掘現場の自室で、ガウェイン将軍からの親書を紐解いていた。
挨拶の文言を読み飛ばし、早速内容に入る。
そこには、こうあった。
「今から約二週間後の○月×日、ザハイム研究所に関係する機関を、一斉に取り押えることが決まった。既に王ダヴィドの調印も済み、後は決行を待つだけである。ルカーシ、君の誠実な人柄を見込んで折り入って頼みたい。我が娘、ハウシンカのことだ…。恐らく、ハウシンカは承服しないであろう。抵抗し、拘束される可能性も充分に考えられる。その時は、よろしく頼む。必要な資金や人手に関しては、遠慮なく言ってもらいたい…。」
ルカーシは、震えた。
これは、夢ではないのか?
そんな気がした。
その時、ドアがノックされる。
「ルカーシ様!サモン・ジェネレーターが発見されたそうです。」
ルカーシは、現実に引き戻される。
「わかった。今行く…。」

Black Swan -overload- 23

ブラック・スワンとハウシンカ、ミミカは、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場に戻った。

そこでブラック・スワンは聖コノン騎士団と共に、狗香炉率いる黒き騎士達との戦いに明け暮れる日々を送っていた。
オルト山の山道で、ゼクとソクロ、それに二人の騎士は、黒き騎士二騎に遭遇している。
どちらも徒歩だ。
「ゼクさん、今度は私が先に行きます!」
壮年の騎士が叫ぶと同時に、黒き騎士の一騎、悪鬼に立ち向かって行く。
「ぼくだって、遅れませんよ!」
若い騎士が、その後を追った。
ゼクは、大声で呼び掛ける。
「わかった!俺は、スケルトンを片付ける。ソクロ、頼むぜ!」
ソクロは、もう既に詠唱に入っている。
八端十字架を天に掲げ、神聖な文言を語り始めた。
「お前の相手は、この私だ!」
壮年の騎士は、悪鬼の左側から斬りかかる。
「ほらほら、こっちから行くぞ!」
若い騎士は、右からだ。
悪鬼は、二人の剣撃を槍で受けながら、後ろに退がっていく。
一方ゼクは、一撃でスケルトンの首を刎ねた。
"吉祥天"は、名刀だ。
骨を断つぐらい、何てことはない。
そのまま蹴り倒し、刀の峰で砕いていく。
ソクロは、歌う様に詠唱を続ける。
額から汗が浮かび上がり、首筋を伝った。
手にした八端十字架が熱を持ち始め、スケルトンは煙を上げる。
「ウゴー!!」
業を煮やした悪鬼が、大振りに槍を振るい壮年の騎士に打ち掛かった。
壮年の騎士は、しっかりと盾で受け止める。
「今だ!!」
若い騎士はその一瞬の隙を突いて、脇腹を切り裂いた。
悪鬼は苦しみ、声を上げて槍を振り回す。
壮年の騎士は慎重に近づき、胸に一撃を加え止めを刺した。
ゼクの方も、ソクロの祈祷が終わりスケルトンは土に還る。
「終わりましたね…。」
ソクロは肩で息をしながら、穏やかに語った。
若い騎士は、言った。
「この先の様子を見に行くなら、ぼくに行かせて下さい。まだまだ、やれますよ。」
壮年の騎士が、口調を合わせた。
冒険者の皆さんに戦わせて、騎士が何もしなかったなんてそんな不名誉なことはありません。」
ゼクは、頷く。
「わかった。俺とソクロは、ここで待ってる。無理はするなよ。何かあったら、呼びに戻ってこい!」
戦いは、カトラナズ側が優勢に進めていた。
そのことを、ルカーシはセトに報告する。
「我々の死者は二名、負傷者五名で、黒き騎士は既に報告があるだけでも、四十騎は撃破しています。これは私見ですが…、ゼクくんの提案した戦法が有効に働いていますね。独特なのです。常に数的に有利になる様に…。」
セトは、微笑んで言った。
「わかったわかった、彼の活躍なんだろ?素晴らしいね、全く…。」
「ただ、サモン・ジェネレーターが未だに発見されていません。黒き騎士達の数から推測すると、複数存在することが予測されます。」
セトは、静かに返事をした。
「そうだな。そうなんだが…。」
ルカーシは、セトの表情を読み取る。
「何か、気になる点でも?」
セトはしばらく思案してから、口を開いた。
「黒き騎士達の攻撃は、あまりに散発的過ぎるよね?」
ルカーシも、そのことは考えていた。
「そうなんです…。そもそも、ザハイム研究所の発掘現場を攻略する気があるのかどうなのか…。しかし、彼らの被害は大きい。」
セトは、一語一語確認する様に話す。
「そうなんだ。これで、空手で引き上げるというのはどうたろう?確かに彼らは、兵を捨て駒の様に使う。それでもあまりにも、何というかいい加減過ぎる。」
ルカーシも、思案する。
「何か別に目的があって、我々の目を逸らしている…。」
セトは、そう考えていた様だ。
「そう考えるのが、自然だと思う。」
二人の間に、沈黙が流れる。
やがて、セトから口火を切った。
「まあ何にせよ、現状では出て来る敵に対処していくしかないな…。サモン・ジェネレーターを探すにしても、人手がね。その件は、ガウェイン将軍にぼくの方から掛け合っておくよ。」
ルカーシは、頭を下げた。
「ありがとうございます。…では、わたしはこれで。」
セトは、笑顔で敬礼した。
「お疲れ様、またよろしく。」
ルカーシも敬礼し、団長室を退出する。
その足で食堂に向かうと、見慣れない騎士が近づいて来て、こう耳打ちした。
「ルカーシ様。ガウェイン将軍からです…。」
見慣れない騎士は、周りから見えない様にルカーシにガウェイン将軍からの親書を手渡すと、足早に去って行く。
ルカーシは向きを変え、厩舎に向かった。
…すぐに発掘現場に戻り、中を確認しなければならない。
 

Black Swan -overload- 22

ハウシンカは、ザハイム研究所の所長室で報告をしていた。

「…結論としては、あの遺跡は人間を別な次元、或いは別な世界に送り込む為の装置の様です。」
ザハイムは自分のデスクのソファ・チェアに、体を沈み込ませた。
細い目の、穏やかな表情の人物だ。
年齢は40代の後半のハズだが、とてもそんな年齢には見えない…。
「そしてその起動には、四つの聖遺物が欠かせない。そういうことね?」
ハウシンカは、静かに聞いた。
「本当に起動する気なんですか…?」
ザハイムは、ピシャリと断言した。
「当然よ。ただ資料として残して置いたって、何にもならないわ。研究って、やっぱり実際的な行為を伴うものだと思うの。」
ハウシンカは、反論できない。
「それは、そうですが…。」
ザハイムは、キビキビと伝えた。
「聖遺物の霊的構造をコピーした、ダミーを作ってあるわ。それをお持ちなさい。起動は出来なくても、準備は出来るハズ。早速、準備に取り掛かってちょうだい。」
ハウシンカは、ありったけの勇気を振るって聞いてみた。
「もし起動したとすれば、その…、誰を転送するんですか?向こうの世界のことは何もわからないですし、それは人体実験になってしまいます…。」
ザハイムは、ハッキリと言った。
「勿論、私が行きます。」
ハウシンカは、驚いて資料を取り落とした。
「そんなこと、させられません!わかりました。それなら、私が…。」
ザハイムは、穏やかに微笑んだ。
「研究員の身を危険にさらす様なことは、私は指示出来ません。その話は、後にしましょう。とにかく、起動の準備をよろしくね。」
ハウシンカは、怖かった。
自分は、触れてはいけない「何か」に触れてしまっている、そんな気がするのだ。
「はい…。」
ザハイムは、優しくハウシンカの肩に手を乗せた。
「私の仮説が正しければ、この転送装置によって神の実在は誰の目にも明らかになるわ…。そうすれば、影の国との戦いにも決着がつく。そう思わない?」
ハウシンカは、わからなかった。
ただ、この人について行こうとは思った。
ハウシンカはザハイム研究所を後にし、ミミカとお茶にすることにした。
護衛は、ローランドである。
二人はカフェ「桜の万華鏡」に向かったが、煙草が吸えないからローランドは外で待つことにした。
ハウシンカは、ラベンダーのハーブティを。
ミミカは、ミルクティを注文した。
話は弾まない。
二人は、共通点がなかった。
ローランドは店の外で、あくびをしながら煙草を吹かしている。
ミミカが、パラパラと「キネマ旬報」めくっていると、ハウシンカはこう切り出した。
「ミミカさん、神って信じてる…?」
ミミカは何を聞かれているのか、ピンと来なかった。
「神様って、信じるとか信じないとかじゃなくて…。だって、このミルクティを信じるかって聞かれても、ここにあるし…。」
ミミカは、首から下げている「太陽を抱く月」を、指で弄んだ。
「でも、見たことはないでしょ?」
ハウシンカは、ミミカの目を見ない。
「このお印"太陽を抱く月"は、見えますよ…。そういえば、主任が首から下げている飾りは何の神様の物ですか?」
ハウシンカは、十字架を握りしめた。
「これは、八端十字架。聖三位一体の証…。」
ミミカは、ハッとした。
それからハウシンカと視線を合わせ、ゆっくりと語り始めた。
「主任のお父さんは、ガウェイン将軍…。普通、騎士は至聖三者に仕えている。それなのに…、何か訳があるんですか?」
ハウシンカはハーブティを口に含むと、ゆっくりと飲み下した。
「何もないわ。ただ、デザインが気に入っただけ。それに、私はザハイム研究所の研究員だから。」
ミミカはうつむいて、やがて意を決して言った。
「邪推だったら、ごめんなさい。お父さんと仲が良くないんですか?」
ハウシンカは、話を逸らそうとした。
「そんなことより、これから忙しくなるわ…。聖遺物のダミーを持ち帰って…。」
ミミカは、それを阻む。
「待って、聞いてください!私、もうお父さんいないんです…。」
ハウシンカは、聞きたくないと考えていた。
「私の父はとても優しくて、私がザハイム研究所を目指すことを決めた時も、とっても応援してくれて…。それが急に、去年なんです。病気で…。」
ハウシンカは、こういう話が嫌だった。
人の気持ちも知らずに、いい話を押し付けてくる。
「主任も、早く仲直りした方がいいですよ。何かあってからじゃ、遅いから…。」
ハウシンカの胸を、苦い物がゆっくりと落ちて行った。
「Careering」 Public Image Limited
 

Bkack Swan -overload- 21

ブラック・スワンとハウシンカ、ミミカの五人は首都シュメクに到着した。

街の入り口、門の所に迎えの者が来ている。
騎士、それも将軍直属の者だ。
「ハウシンカ様ですね。ガウェイン様がお呼びです…。」
ハウシンカは静かに頷き、迎えの騎士の馬に乗り込む。
「取り敢えず、俺が行くぜ。」
ゼクは慌てて同行した。
騎士とハウシンカは、シュメクの高級住宅地といえる区画に入って行った。
「おいおい、スゲートコに入ってくな…。」
豪華な建物が並んでいる通りを進むと、その最奥部に一際巨大な邸宅があった。
「ゼク、ここで待ってて…。」
ハウシンカは馬を降り、騎士に手を取られて中に入って行く。
「おいおい、ハウシンカって…。」
ハウシンカは、ガウェインの書斎に通された。
「お久し振りです、お父様。」
ガウェインは、窓の外を眺めている。
「何の御用でしょうか。」
ガウェインは、ハウシンカの方に振り向くと切り出した。
「ハウシンカ、ザハイム研究所は辞めなさい。今すぐに。」
ハウシンカは驚いた。
何を言っているのか、わからない。
「ザハイムは、正常ではない。いずれ、お前の身にも危険が及ぶだろう。そうなる前に、ザハイムから離れておくことだ。わかったね?」
ハウシンカは、ようやく口を開いた。
「何を言ってるんです、一体何故…?」
ガウェインは、淡々と続けた。
「すまないな、詳しいことは話してやれん。しかし、大体の調べはついている。時期が来れば、お前もやがてわかるだろう。」
ハウシンカは、抵抗した。
「私達は、ただ研究をしているだけで…。」
ガウェインは、穏やかに諭している。
「今問題になるのは、お前達研究員のモラルではない。ザハイムの意図だ。そして、そこから考え得る現実的な可能性。それは既にカトラナズの国の平和を、脅かす段階に入っている。」
ハウシンカは、自分の言いたいことが言葉にならないもどかしさを感じている。
「聖遺物を、平和な目的の為に…。」
ガウェインは、断じた。
「事態は既に、進行し過ぎている。あまりにも後手に回ってしまった。我々は、じき動く。それまでに安全な所にいなさい。わかってくれ、ハウシンカ…。」
ハウシンカは、自分でも体が熱くなるのがわかった。
「お父様…。お父様は、そうやって何でも自分で決めておしまいになる。私個人の意志は、あなたにとって何なのですか?」
ガウェインは窓の方を向き、表情を隠した。
「個人の意志…。もう手遅れだ、ハウシンカ。お前が想像しているより、あの人物はずっと邪悪なんだ。それは…。」
ハウシンカは自分の結論を、ガウェインに突き付けた。
「私は、ザハイム研究所の人間です。これからも、研究所の一研究員として、ザハイム研究所の側に立ちその利益を図りたいと考えています。」
ハウシンカは頭を下げると、書斎を後にした。
ガウェインは使用人を呼び、一通の親書を手渡す。
「これを、セトの元にいるルカーシに…。信頼出来る者にな。」
ゼクは、のんきに声を掛けた。
「おー、どうだった?お前、スゲー金持ちなんだな!」
ハウシンカは、プリプリ怒っている。
「そんなことどうだっていいでしょ、下らない!」
ゼクは、面食らった。
「何怒ってんだよ?何か、言われたのか。」
ハウシンカは、こんな軽薄な男に話したいとは思わなかった。
しかし、腹が立って腹が立って、話さずにはいられない。
「何か、何てものじゃないわ!いきなり、私にザハイム研究所を辞めろって言うのよ!」
ハウシンカは先程の顛末を、ゼクにまくし立てた。
ゼクは、思案しながら答える。
「そうか…。将軍は、何か掴んでるだな?これで、騎士は味方につくか…。少しは、やりやすくなるだろう。」
ハウシンカは、イライラしている。
「あなた、まだそんなこと言ってるの?私達と一緒にいて、何かおかしいところが少しでもあった?不審なことをしてた?少しは、考えてよ!」
ゼクは、ガウェインと同じことを言った。
「研究員達は、みんな熱心にやってるだろう。
でも、ザハイムはどうかな?」
ハウシンカは、爆発しそうだった。
「私達の研究は、利益の為じゃない!純粋に、学術的なものよ!」
ゼクは、ピシャリと言った。
「聖遺物には、現実的な力がある。そして、その影響が及ぶ範囲は、相当広いだろう…。その意味を、わかってるのか?」
ハウシンカは、もう訳がわからなかった。
「聖遺物は、聖三位一体の力を受け取る器じゃない。聖三位一体は、善なのよ。それでも、何か起こるっていうの?」
ゼクは、鋭い目をした。
「ハウシンカ、その世界には完全なんてない…。善が、仮に絶対的な善だったとしても、世界を滅ぼす可能性はあるだろう。この世界は、バランスで成り立ってる。いいか?善意だって、それだけじゃ何かを滅ぼすだけなんだ…。」
ハウシンカは、体の力がスーッと抜けていった。
「あなたは、私の味方じゃない…。あなたは、わかってくれない!」
ゼクは、ハウシンカの頬を引っ叩く。
一息吐くと、ゆっくり語った。
「お前は、親父さんの親心がわかってねー。」
ハウシンカは、目に涙を浮かべて喚いた。
「あなたみたいな風来坊に、私の何がわかるって言うの!?お父様の所為で、私や母様がどんな思いをしてきたか、あなたになんてわかりっこない!!」
ハウシンカは、駆け出した。
「待てよ、おい!」
ゼクは後を追ったが、地理がわからない。
やがてハウシンカに撒かれてしまった。
「くそっ、どこに行った?全く、30才になっても親離れしてねーんだからな!」
ゼクは、道端に唾を吐いた。