Black Swan -overload- 39

「あっ、ゼクさん!大丈夫ですか?」

捜索に出ていた騎士は、倒れているゼクを発見した。
「そんな、これはひどい…。一体誰がどうやってこんな!」
騎士は左腕の無いゼクを抱きかかえ、自分の馬に乗せた。
「見つけたか?ハウシンカ様は…。これは!一体どうしたんだ。」
駆け寄ってきたもう一人の騎士も、ゼクの無残な姿を見て声を挙げた。
「隊長…。ハウシンカ様は、わかりません。しかし、ゼクさんは重体です…。一人、人を貸して下さい。私が、ゼクさんを発掘現場に運びます!」
隊長と呼ばれた騎士は、頷いた。
「わかった。急げよ!こっちは、何とかする。ゼメト、お前も一緒に行くんだ!」
二人の騎士は、すぐに出発した。
一方のセトは、指揮を執るのに追われている。
「赤き竜、まさか本当に存在するとは!わかった…。ヴァルキリー達は、もう出発したのだな?」
ヴァルキリーは天馬に乗った女性の騎士で、投げ槍を用い主に竜退治を任務とする。
「はい。マグダレーナ、ヘロディアの娘、ベタニアのマリア、三騎士団とも既に発っております。本日中には、到着するかと。」
伝令の騎士は、淡々と伝えた。
「では、砦に待機している騎士達に伝えてくれ。港町ミルムに住んでいる人々を、オルト島から避難させる様に…。指揮は、ガムルに執らせてくれ。」
伝令の騎士は静かに頷くと、敬礼し退出する。
その頃、赤き竜に乗ったザハイムとハウシンカは、聖コノン騎士団の駐留する砦の上空にあった。
「あれは、聖コノン騎士団の砦…。何をするつもりなの!」
叫ぶハウシンカに、ザハイムはうるさそうに言った。
「ハウシンカ、いい子だから少し黙っていなさい…。私はね、パーティーの支度をしなくちゃならないの。」
赤き竜は少し高度を落とし、聖コノン騎士団の砦の真上に位置した。
「やめて、やめてよ…。」
ザハイムは表情を変えずに、赤き竜に命令を下す。
「さ、赤き竜。お前の力を見せておやり…。騎士なんて、何も出来ない無力な存在なんだって思い知らせてやるのよ。」
砦からは、一斉に騎士達が出て来た。
だが、何もすることは出来ない。
精々何人かが、矢を放つ程度のことだ。
赤き竜は、大きく息を吸い込む。
「グワァー!!」
天も裂けるばかりの咆哮と共に、巨大な炎の柱を噴き出した。
騎士達は砦と共に、無残にも吹き飛ばされてしまう。
セトは、現場で指揮を執るルカーシを呼び止めた。
「ルカーシ、お前はヘムの村の住人達を避難させてくれ!ぼくは、引き続きザハイムの研究員達を避難させる。」
ルカーシは、大きな声で応じた。
「わかりました!早速、ヘムの村に向かいます。第三小隊、集合!ヘムの村に向かう。」
そこに、新たな伝令の騎士が到着した。
騎士は、血相を変えている。
「どうした、何かあったのか!?」
騎士は、息を切らせながら報告した。
「つい先ほど…、赤き竜によって我等の砦が、砦が…。」
セトは気を強く持たせる為に、叱咤した。
「どうした、ハッキリ言え!」
騎士は、力を振り絞る様に報告した。
「赤き竜の一撃で、砦は失われました…。」
セトは、見た目にわかる程動揺した。
しかしその動揺を知らせない様、毅然として振る舞う。
「それで生存者は…?」
騎士の返事には、全く力がなかった。
「いません…。全滅です。」
それから、少し時間が経つ。
既に発掘現場を出発していたミミカ達は、港町ミルムに来ていた。
先程の赤き竜の咆哮と炎の息吹を目の当たりにした住民は動揺し、こぞって船で脱出しようとしている。
騎士達は混乱する住民達を落ちついて避難させる為、走り回っては大声を張り上げていた。
ミミカ達は、先導している騎士に守られながら、一隻の船に乗り込もうとしているところだ。
タラップが降ろされ、乗船の準備が整う。
「さ、乗って下さい…。ちょっと待って、あれはブラック・ドラゴン!」
船の上空に、黒い影が舞っている。
ブラック・ドラゴンには、竜達を統べる影の国の将軍ウリエスが乗っていた。
「やれ、ブラック・ドラゴン!」
ブラック・ドラゴンは、赤き竜に比べると三分の一程度の大きさしかないが、それでも人間に比べれば遥かに巨大だ。
甲高い叫びを挙げると、酸の息を吐き出す。
その一撃を受け、船は真っ二つに裂けて海に沈んだ。
「そんな…。」
ミミカは、力が抜けた。
「まだ、来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
緑の鱗をした竜達が次々と降下し、毒の息で港の船を次々と沈めて行く…。
船はこれから人が乗り込もうとする物もあったし、既に満員だった物もある。
「ふん、弱々しい物だな。四頭は俺について来い…。ヴァルキリー達を蹴散らすぞ!残った奴等は、出て行った船を沈めろ。もちろん、入ってくる船もだ!」
竜達は、飛び去っていった。
先導していた騎士は、力なくうなだれているミミカ達を励ます様に言った。
「一度、発掘現場に戻りましょう…。あそこには、大勢の騎士がいますからここよりは安全です。」
誰も、どうしたらいいのかなどわからなかった。
とにかく、いいと思われる「何か」を選ぶより仕方がないのだ。
 
 
 

Black Swan -overload- 38

ここは影の国の中心にあたる城、「黒き子宮」。

最上階の王の間では、クリングゾール王が玉座に座り配下の者を待っていた。
影の国は、太陽が銀色で明るい光が射すことはない。
空はいつも不吉に赤く、銀色の太陽は決して沈まないのだ。
王の間も、青黒い闇に支配され明かりは灯っていない…。
そこには、竜の生首が飾られていた。
王の間の扉が開かれ、巨大な体の異形の者が入って来た。
上半身は人間だが、巨人と言っても差し支えない身長で、下半身はサソリである。
そして何より異様なのは、左腕がサソリの毒針になっていたことだ。
「お呼びでしょうか?ウリエスでございます。」
クリングゾール王は、不機嫌そうに言った。
「遅いではないか、ウリエスよ。私がお前を呼んでから、どれほどの時が経ったであろう?お前を呼んだ用も、無用になってしまうではないか!」
ウリエスは、巨大な頭を下げた。
「申し訳ございません。一頭の竜が大人しくなりませんで…。縊り殺していたのです。」
クリングゾール王は、つまらないそうに聞いていた。
「言い訳はよい…。出撃だ。オルト島に行け。」
ウリエスは、詳しく聞き出そうと努力した。
「そうは言われましても…。どれほどの戦力で、時期はいつに致しましょう?」
クリングゾール王は、癇癪を起こした。
「今すぐに、決まっておろう!戦力だと…?全軍である!お前が面倒を見ている、全ての竜だ。今のこの状況がわからんのか?」
ウリエスは、辟易した。
「申し訳ありません。竜共の世話が忙しく、全体の戦況までは頭が回らず…。」
クリングゾール王は気が変わり、違う話をする。
「そう言えば、お前の弟のな、狗香炉がいたろう?悪霊の騎士を率いていた…。」
ウリエスは、嫌な予感がした。
「狗香炉に何かありましたか?まさか、手落ちでも…?」
クリングゾール王は、ニヤニヤ笑う。
「ハッハッハ!滅んだよ。オルト島でな!」
ウリエスは、ショックを受けた。
影の国の者達でも、感情が無いわけではない。
胸を痛めたりはしないが、家族への愛着は存在する。
「そうですか…。死に様は、立派でしたか?」
クリングゾール王は、唾を吐いた。
「立派なものか!犬死だ…。犬コロのあいつに、相応しいだろう?」
ウリエスは、それでも逆らおうとは思わない。
影の国では、生まれた順序は絶対だ。
クリングゾール王は、尊大に言った。
「弟の末路が理解できたら、とっとと行くがよい!全軍を率いて、オルト島に向かった我が腹心、蛇と赤き竜に合流せよ!」
ウリエスは、考えている。
全ての竜を出撃させる…。
我等がこれだけ大きく動けば、必ず天使達やカトラナズについた悪魔達が動き出すだろう。
一気に片を着けなければならない…。
ウリエスは、深く頭を下げた。
「御意に…。」
ウリエスが退出すると、クリングゾール王は脇に控えている魔導士を呼んだ。
「次は、ルネだ。ルネを呼べ、早く!」
魔導士は、奇怪な詠唱を始める。
すると絨毯の上に、赤く黄色い光が奔り魔法陣が現れた。
魔導士は、尚も呪文の詠唱を続ける。
やがて、漆黒の鎧をまとった一人の騎士が現れた。
「よく来たな、ルネよ…。」
ルネと呼ばれた騎士は、長い銀色の髪を後ろで束ねている。
肌はダーク・エルフ特有の青白い肌で、顔立ちは端正だった。
「お呼びでしょうか?クリングゾール様…。」
ルネは高い身長を低く屈めて、跪く。
クリングゾールは、そうしたルネの態度に満足そうだ。
「ルネよ。お前に、悪霊の騎士全軍を任せる。活躍を期待しておるぞ…。」
ルネは巧みに、クリングゾール王に取り入る。
「狗香炉は、どうしました?悪霊の騎士は、狗香炉にお任せになっていた筈では…。」
クリングゾール王は、我が意を得たりとばかりに語り始めた。
「あいつはにはな、わざと達成出来ない任務を与えたのだ…。全体の十分の一にも満たない兵力で、オルト島の占拠を命じた。何故だか、わかるか?」
ルネは、身を一際低く屈めた。
「ご深意、計りかねます…。」
クリングゾール王は、気分良く話を続ける。
「そうだろう、そうだろう!あいつはな、愚かにもこの私に意見したのだ。もっと、兵達を大切にしろなどと抜かしおった!ふざけた話ではないか?造ったのは私だ。どう使おうが、わたしの勝手ではないか!」
ルネは、顔を上げた。
「お話、至極もっともでございます。思えば、あの狗香炉は愚かでした。全体の戦局を見ず、瑣末な事柄にばかりこだわり…。」
クリングゾール王は、充分納得出来た。
「そうだ、奴には大局的な視点がない…!なあ、ルネよ。お前はあの、犬コロと同じ間違いはするなよ?誰を敬わなければならないのか、よく考えろ…。」
ルネは、再び面を下げた。
「我等にとって、何より尊いのはレミロ様。そして、蛇…。今はザハイムとお名乗りでしたな。しかしその全てを造り、全てを始められたのは、クリングゾール王であらせられます。」
クリングゾール王は有頂天になり、王笏を振り上げた。
「その通りだ!やはり、お前という男は物がわかっておる…。これからも、このクリングゾール王に尽くせ!」
ルネは、丁重に頭を下げた。
「仰せのままに…。」
ルネは王の間を退き、扉を閉めると呟いた。
「フン、豚め…!精々、いい気になっているがいい。」
 

Black Swan -overload- 37

ゼクとハウシンカは、山道を急いでいる。

ハウシンカは、異変を感じて空を見上げた。

「ゼク、ねえゼク。あれは…、一体?」
ゼクは気づかなかった。
「急げよ、ハウシンカ。日が暮れちまうぞ。」
その「何か」は、段々と大きくなってくる。
「変だよ、ゼク。空に竜が…。」
ゼクも空を見上げる。
「あれは…、赤き竜!真っ直ぐ向かってくるぞ。」
ゼクは、ハウシンカの手を引いて走った。
その行く手を阻む様に、赤き竜は着地する。
ものすごい地響きと共に、押し潰された木々がバキバキと音を立てた。
「は〜い、お二人さん。ご用があるの。少し、待ってくれない?」
ザハイムは、赤き竜の上から言った。
ゼクは逃げ道を探したが、赤き竜は脅す様に大きな口を開ける。
「所長…。」
ハウシンカは、自分の目で見ている物が信じられなかった。
「へっ!ようやく、正体を現しやがったな。」
ゼクは、抜刀する。
「そんな物でどうしようっていうの?少しはいい男かと思ったら…、とんだおバカさんね。」
ザハイムは、赤き竜から浮かぶ様に着地した。
「さ、ハウシンカ。私と一緒にいらっしゃい…。研究の、総仕上げよ。」
ハウシンカは、ゼクの陰に隠れた。
「何が、目的だ!?」
ゼクは、大喝した。
「いやねぇ、大きな声なんか出して…。あなたになんて、話したって仕様がないじゃない?さ、坊や。いい子だから、ハウシンカを渡してちょうだい。」
ゼクは、ザハイムに向かって駆け出した。
勿論斬るつもりだ。
「バカは嫌ね。これだけ私を見詰めてるのに勃起しないなんてあなた不能なの?」
ザハイムが目を見開くと、両の瞳に七色に輝く光が溢れた。
「…!!」
ゼクは、恐怖を感じた。
とっさに体の向きを変えるが、間に合わない。
ザハイムの瞳から光線が放たれ、ゼクの左腕を切断した。
「ぐわあっ!」
ゼクは転倒して、痛みとショックでのたうちまわる。
「これが、罪の力よ。あら、あんまり声を挙げないのね。いいわ、そういう人って…。もっと、苦しみたい?あなた…、私がイヤなんでしょ?だったら私、レミロ様に代わってちょっとつまみ喰いさせてもらおうかしら…。」
「ゼク!!」
ハウシンカは、ゼクに駆け寄った。
傷口から、出血が止まらない。
手当の方法などわからなかったが、着ていた上着を縛り付け出血を止めようとした。
「行きましょ、ハウシンカ。あなたが必要なのよ。」
ザハイムは、まるで媚びる様に言った。
「もしあなたに殺されたって、"真理の書"は渡さないわ!」
ハウシンカは、キッパリと拒んだ。
「あら、勘違いしないでよね。私が欲しいのは、"真理の書"だけじゃないわ…。あなたの体と、た・ま・し・い!」
ザハイムは、長い舌をチロチロ出した。
「バカじゃないの!そんなの、あげられる訳ないじゃない!」
ザハイムは、ハウシンカにゆっくりと歩み寄った。
「近づかないで!私だって、戦えるんだから…。」
ハウシンカは、地面に転がっているゼクの刀を拾い上げる。
「教えてあげるわ…。あなたはね、我らの奉ずるレミロ様がこの世界に姿を現わす為に必要なの。」
ザハイムは、"吉祥天"の切っ先を素手で掴む。
ハウシンカは、刀を動かすことが出来なかった。
「あなたの体と魂に、月の裏側に封印されたレミロ様の霊を移植する…。あなたはあなたであったことを忘れてしまうけど、いいじゃない?あなた、神になれるのよ。」
ハウシンカは、徐々に恐怖を実感して来ている。
「そんなこと、出来る訳…。」
ザハイムは、ニッコリ笑った。
「あら、簡単よ。ロムスの力があれば…。あのラルゴだって、自分の母親を造り変えたのよ?血の繋がった実の母親を、イサクにしてしまったの。私達は、それに倣うだけ…。大丈夫、あなたの想いは全てレミロ様が引き継ぐわ。あの男だって、その方が満足出来る。」
ザハイムは、ハウシンカの体を抱きしめた。
ザハイムの体は冷たく、ハウシンカの呼吸は止まりそうだ。
「嫌、そんなの。止めて、お願い…。」
ザハイムは、ハウシンカの体をきつく抱いた。
そしてそっと口づけし、舌をゆっくり唇に這わせると離した。
「あの男を殺すわよ?時間をかけて、ゆっくりと…。あなたの目の前で犯して、全て吸い尽くしてあげる。"私をたっぷり犯してご覧なさいな、いい男さん"てね。私を満足させられるかしら、この"いい男"さんは。どちらにしたって、もう私の快楽の園にしかいられない…。後は、堕落していくだけ。彼が私という淫らさに溺れていく様、見たくはないかしら?彼の全てが、私の中へと消えて行くの…。あなたの事なんて、想像もしなくなる。淫らさに蕩ければ、魂なんてすぐ無くなっちゃうんだから…。傷口を、…舐め取るのよ…だから。…私の舌って細くて長いでしょ?これで男の人の尿道の中に割って入るのよ、そして内側からなめてあげる⛲️だから♪ウフフ…見たい、ハウシンカ?…あなたの口から言えたら、君臨してあげてもいいケド…。だから、…選ばせて欲しい?だから…そうじゃなきゃ、リリムたちのエサにするっていうのもいいわね。」
ハウシンカは背筋が凍りつき、全身の力が抜けてしまった。
「わかった。わかりました…。あなたと一緒に、行きます。」
ザハイムに手を取られると、ハウシンカの体は宙に浮く。
「いいわ、そういう所が私は気に入ったの…。ウフフ…、ゼクなんか殺したりはしないわ。ただ遊びながら、体にしつけてあげようかと思ったのよ。レミロ様に献上する前にね。いい子になって、ちゃぁんと私の言う事が聞ける様に…。だっていいじゃない?私だって、少しぐらい愉しんだって…。アハハ…、想像してるだけで気持ち良くなってヘンな気持ちになってきちゃった。あなた知ってる、…私って口が性器なんだから?…今私の口から滴るのは、よだれじゃなくてよ。舌の先から流れ出てるの…、何だからわかる?あ〜んな気の強い男が私の言うなりになったら、もう正気じゃいられないわ…!飼育してあげても、いいかもね?それだから究極のオルガズムを味わって…全世界中の存在を…、惨めさのドン底に突き落としてあげようかしら!!枚挙に太巻きだから一心不乱に徹頭徹尾不眠不休のお出掛けはお控え下さいだわ!私ホントはちょっとマゾだから…、大きい人が大好きなの。ゼクくんなら、私のコト充してくれるかも…?それともハウシンカ、…あなたが私のコト。…そんなの無理よね、いいわあなたのコトたくさん愉しんであげる。エルフ特有の高い知性と引き締まった豊かな体。それに、力の無い弱々しい心。いつまでも私の"この"脚で、どこまでもぐちゃぐちゃにかき回して跡形も無く踏みにじってあげるわ…。あなたの感じる快楽を。…感じるわよ。どう、…堕落したい?私の舌はあなたがひた隠しにする、"愛の泉"までちゃ〜んと届いてグリグリ出来るんだから…♪楽しみにしてて。」
ハウシンカは、呟いた。
「ゴメン、ゼク…。私はやっぱり、心が弱いのかも知れない。」
でも、どうしてもそうは思いたくなかった…。
飲み込めない、…塵芥!!
私は…、お父様の娘なんだから…!!
ゼクは、もう既に意識を失っている。
 
 
 
 

Black Swan -overload- 36

セトとハウシンカは、二人きりで部屋にいた。
セトは静かに、しかし断固とした口調で要求した。
「ハウシンカ…。これで、最後。君へのお願いは、これで最後にしよう。ぼくは、君を傷つけたくない。"真理の書"を渡してくれ。…君が持ってるんだろう?」
ハウシンカは、ゆっくり首を横に振った。
「渡さないわ…。これは、私の全て。私の誇りよ。」
セトは下を向いたまま、表情を見せない。
「君の気持ちは、わかった。こちらとしても、取るべき手段を取らせてもらおう。後悔しても、もう遅いんだ…。」
ハウシンカは、セトを真っ直ぐ見詰めた。
「もしかしたら、私が意地を張ったって結果は同じことかも知れない。でも、譲れない…。あなたがわかってくれても、くれなくても、私は譲れないのよ!」
セトは返事をせず、部屋を出た。
部屋の外には、待機させておいたルカーシが指示を待っている。
「後は頼む。人を集めて、捜索してくれ…。その間、ハウシンカの話し相手にでもなってくれないか?」
ルカーシは、敬礼した。
「ハッ!了解しました。」
それから数分後、ゼクの部屋の扉をノックした者がある…。
「何だ、ルカーシか…。何の用だよ?」
ルカーシは辺りの様子を伺うと、素早く部屋の中に入った。
「ゼクくん、時間がない。用件に入ろう…。」
ゼクは既に、何かを嗅ぎつけている。
「仕事の依頼だ。ただしこれはブラック・スワンではなく、君個人への依頼になる。やってくれるか?」
ゼクは、甲冑に着替えを始めた。
「いいぜ、やるよ…。すぐなんだろ?」
ルカーシは少しだけ、緊張がほぐれた。
「流石に、話が早い。」
ルカーシは椅子に腰掛けると、詳しい話をする。
「仕事の内容は、単純だ…。ハウシンカ様を連れて、このオルト島を脱出してほしい。」
ゼクは、さすがに驚いた様だ。
「騎士団相手か…。メンドくせーな。」
ルカーシは、話を続ける。
「ハウシンカ様には、もう話をつけてある。…一も二もなく承諾されたよ。」
ゼクは、籠手を装着した。
「ふーん、そうか…。」
ルカーシは、椅子から立ち上がる。
「どこに向かうのか、それはハウシンカ様に聞いて欲しい。必要な物は、全て港町ミルムで受け取ってくれ。この親書が、証明書代わりだ…。」
ルカーシはゼクに歩み寄り、両手を握った。
「すまない、ゼク君。ハウシンカ様を、よろしく頼む!」
ゼクは、既に準備を整えている。
「ま、俺の都合もあるしな…。」
ゼクとハウシンカは、ルカーシの手引きで発掘現場を脱出した。
さすがにルカーシは聖コノン騎士団の副長だけあって、トラブルなく外に出ることが出来た。
二人は大きく迂回する山道を通って、港町ミルムに向かう。
ルカーシは、却って人の多いミルムから船に乗ったほうが素性を隠しやすいと考えたのだ。
「全く、お前ときたら…。自分がやってること、わかってるのかよ?」
ゼクは、ハウシンカに話しかける。
「ごめんなさい…、私のわがままにつき合わせちゃって。でも、どうしても抑えられなかったの。」
ゼクは拍子抜けした。
いつものハウシンカなら、ポンポンと威勢のいい返事が帰ってくる…。
「で、どうするんだ。オルト島を出て、どこへ行く?」
ハウシンカは、下を向いた。
「シュメク…。首都シュメクに向かうわ。」
ゼクは呆れる。
「何だよ!親父のところに行くなら、セトに相談すればいいじゃねーか。」
ハウシンカは、顔を上げて言った。
「違うのよ…。ザハイム研究所の本部へ行くの!」
ゼクは、ハウシンカの「何か」に気づく。
「どうするんだ?そんな所に行って…。」
ハウシンカは何かをこらえる様に、言葉を絞り出した。
「私、確かめたいの…。自分の目で。ザハイムという人が、本当に何を考えているのか…。ちゃんと話をしたい。その答えによってはこれは、"真理の書"は…。」
ゼクはハウシンカの方を向き、ゆっくりと話す。
「わかった…。でもな、騎士団を相手にするんだ。厳しい旅になるぜ?覚悟はしろよな。」
ハウシンカは、朗らかな笑みを浮かべた。
「私、がんばる…。足手まといには、ならないから。」
ゼクは、ため息を吐いた。

Black Swan -overload- 35

時間を少し戻そう。
ヘムの村で聖コノン騎士団とブラック・スワンが、狗香炉率いる影の国の軍勢と激突する少し前だ。
時刻は夕方。
仕事が終わる時刻。
カトラナズの首都シュメクの通りも、家路を急ぐ人や買い物に出かける主婦が大勢いた。
そんな頃、ザハイムはザハイム研究所本部の所長室でハウシンカからの報告を受け取っていた。
「転送機の起動準備は、完了しました。後は、本物の聖遺物をセットするだけです。起動する為のキーになるのは、私が完成させた"真理の書"。その全容を把握しているのは、私だけです…。後日、私が正式に報告に伺います。」
ザハイムは、騒がしさを感じ取っている。
何人かの足音が、扉の向こうに聞こえた。
「…どうやら、間に合ったみたいね。」
ザハイムが報告書を閉じると、扉がいきなり開き数人の騎士が室内に入って来る。
騎士の一人が言った。
「ザハイムだな…。ガウェイン将軍の命により、お前を逮捕する!」
ザハイムは、ため息を吐いた。
「まったくノックもしないで、女性の部屋に入ってくるなんてどういうつもり?それで、私の罪状は…。何!?」
別な騎士が答えた。
「国家への反逆だ…。自分のやっていることが、わからないのか?」
ザハイムは席を立った。
「私達は、聖三位一体のあるべき姿を模索しているのよ?確かに、今は聖三位一体は神とは呼べないかも知れない…。でも彼らの力は必要よ。その利用方法を研究することの、どこが反逆なの?」
騎士達は、黙ってしまった。
しかし、やがてその内の一人が口を開く。
「諸君、我々の任務は宗教問題ではない!ザハイム、何を言ったとしてもお前はその研究成果を、影の国に持ち込んでいるではないか?」
ザハイムは、チラリと舌を出した。
「あら、それがいけないかしら?カトラナズの国の人って、意外とケチなのね…。いいじゃない。罪は赦されるっていうんだし、仲良くやりましょう。」
ザハイムは脚を組んで、机に腰掛けた。
騎士は叫んだ。
「貴様、カトラナズの者ではないな!」
ザハイムは、媚びるようにウインクする。
「やっとわかってくれたのね…。遅い、遅すぎるわ。」
隊長らしい騎士が、告げた。
「ザハイムさん、私達に従って下さい。あなたが何者であっても、私達は手荒なことはしたくない…。」
ザハイムは、投げキッスする。
「紳士ね。好きよ、そういう人。でもね…。」
ザハイムが空中に指で模様を描くと、その足元にサモン・ジェネレーターが輝きだした。
騎士達は、動揺した。
「何だ!どうするつもりだ!!」
ザハイムは、舌なめずりする。
「私はそんなつもりないけどね!」
ザハイムの足元の魔方陣から、角が飛び出した。
やがて、巨大な赤い頭が現れる。
「赤き竜よ…、伝説の。」
ザハイムは、赤き竜の頭に仁王立ちに立った。
赤き竜の巨大な体は、天井も壁も突き破り空に飛び立つ。
「ほんと、おバカさんよね…。ザハイム研究所の支部が、赤き竜を喚び出す魔法陣の一部になってたっていうのに、だ〜れも気が付かないんだから。」
上空からザハイム研究所本部を見下ろすと、相当な数の騎士達が見えた。
その周りには、通りかかっただけの普通の人々も大勢いる。
人々の恐怖の叫びが、空に満ちた。
そして騎士達は弓をつがえると、矢を放つ。
「もう、うるさいわね…。赤き竜よ!ちょっとだけ、サービスしてあげなさい!」
赤き竜は、上空からものすごい勢いの炎の息を吐き出す。
ザハイム研究所本部を含む一帯は、一瞬で灰燼に帰した。

Black Swan -overload- 34

医務室は、いっぱいだった。

だからゼクは、自室で治療を受けている。
とは言っても、大きな外傷があった訳ではない。
額の傷も軽く、体力を消耗していただけだ。
念のためということで、医師は安静を命じた。
ゼクは、ソニーウォークマンでJoao Gilbertoのアルバム「Um Encontro」を聴きながらベッドに寝転んでいる。
「つまんねー…。」
ゼクは、取り立てて趣味を持っていなかった。
だから、こうなってしまうとすることがない。
唯一望むことと言えば、煙草が吸いたい。
それぐらいのものだ。
外に出ようとすれば、誰か騎士に声を掛けて着いて来てもらわなければならず、消耗している今、それは本当に面倒くさかった。
「オナニーでも、するか。」
荷物の中からポルノ雑誌を取り出していると、誰かが扉をノックする。
「はいよ、開いてるぜ。」
ゼクは雑誌を取り出して、ベッドの上に投げた。
「…こんにちは。」
ハウシンカだった。
「何の用だよ?小言は、今は勘弁してくれ。」
ハウシンカは、目を伏せている。
首からは、ゼクが買ったネックレスをしていた。
「そんなんじゃないわ…。座ってもいい?」
ゼクは、ベッドに腰掛けた。
ハウシンカはまだゼクが一度も使ったことのない、部屋に備え付けの椅子を引いてきてベッドの前で座った。
「そんなの、見てるの?嫌ね。」
ゼクは相手にせず、ベッドの上に寝転んだ。
ハウシンカはそれきり、何も言わない。
何か言いたそうではあったが、ゼクが何か言うのを待ってるのかも知れなかった。
「俺は、煙草吸いに行くぜ?我慢出来ねー…。」
ハウシンカは、吐き捨てる様に言った。
「そこで、吸えば?」
ゼクは、イライラした。
そこで本当に窓を開けて、煙草に火を点けた。
下で巡回している騎士と目が合ったが、館内禁煙はザハイムのルールだ。
そのまま行ってしまう。
ハウシンカは無理に話題を探して、話し始めた。
「あなたって、戦うのが怖くないの?」
ゼクは煙草の煙を吐き出した。
「俺にとっては、日常だ。それが、当たり前だからな。」
ハウシンカは、そんな言い方は嫌だった。
「嘘よ…。セトは、怖いって言ってたわ。」
ゼクは首を傾げて、煙草を二、三回吹かす。
「怖かねーとは言ってねーよ。怖いのが、俺には普通なんだ。そうじゃないと、抱けない…。」
ハウシンカは、首を横に振った。
「あなたは、普通の生活に憧れたりしない?いつも同じ時間に起きて、同じ時間に出発する。同じ家に帰って来て、そこには同じ家族がいるの…。」
ゼクは、即答した。
「無理だな。俺の柄じゃねーよ。」
ハウシンカは立ち上がって言う。
「じゃあ、今だけそう思って。」
そのままゼクに覆いかぶさる様に、キスをした。
ハウシンカは永く唇を重ねた後、舌を差し込む。
首をかき抱き、愛撫する様に舌を這わせた。
そして離れると、言った。
「どう?これが、ちうちう💗よ。」
ハウシンカはゼクの隣、ベッドの上に座る。
ポルノ雑誌を放り投げた。
「こんなのより、本当のの女性の方がいいでしょ?」
ゼクは、吹き出してしまった。
腹を抱えて大笑いし、ベッド上にひっくり返る。
「あー、おもしれー!こんなに笑ったのは、久し振りだぜ。」
ハウシンカは憮然としている。
「あなたって、最…。」
ゼクは、唇を塞いだ。
ハウシンカは息が出来ない。
そのまま優しく、抱き締める様にベッド上に仰向けにされてしまった。
「まだ、早いとは思うけどな…。戦いの後は、抱かずにはいられねーからよ。」
ハウシンカは、か細い声で言った。
「愛してるって言って…。それだけ、お願い…。」
ゼクは、ため息を吐く。
「今さら、何言ってんだよ…。」
一瞬だけ、ちゃんとした顔をした。
「愛してるよ。気持ちは、もうずっと固まってたんだ。」
ゼクは、軽く口づけした後激しく抱いた。
戦いで人を傷付けた苦しみに立ち向かうには、そうするしかない…。
敵を斬る、その手応えは手に残って消えないのだ。
斬られた者の「怨み」は、斬った者の心に刻まれる。
痛みは、…伝わって来る。
その行為がどれだけ義しく正当であっても、「人殺し」には違いが無かった…。
同じ手が乳房を掴む、秘部を弄ぶ。
その「傷」にエロスから立ち昇る香気が、癒す様に染み込んでいく。
人を殺した「罪」が、人を愛する事で赦されるのか?
それは、誰にも答えられない…。
「ゴメン、ゼク。お願い…、舐めて。」
ゼクは、ハウシンカの薔薇の蕾に実った柘榴の実を口にした。
たわわな実りから、たっぷりとしたバターのよ〜な悦びの果汁が溢れ出す。
ハウシンカの赤く染まり芳しく香る引き締まった「女性」を、ずっと美しく愛おしいと信じた。
その悦びが、束の間それを忘れさせた。
忘れなければ、夜を越えられない。
「私にもおとのさまがちゅきちゅきだからちゅ〜ペットをさせて…。いや?」
ゼクは首を横に振り、ハウシンカは上になってゼクの陰茎を口に含む。
熱が、舌を伝わってきた…。
薄くて透明な液体が、先端から溢れている。
切ない気持ちで、舌を這わせる。
やがてゼクは、ハウシンカを仰向けに寝かせて愛し始めた。
「く、苦しい…。」
ハウシンカは呻く。
「痛いか…?」
ゼクは、ハウシンカに声を掛けた…。
「ううん、いいの…。気持ちいい…。」
ハウシンカは、激しく声を挙げた。
自分の気持ちを、声にしたかった。
部屋の外には、見張りの騎士がいる。
きっと聞こえるだろう…。
それでも構わなかった。
初めて、プライドを捨てたのだ。
心に兆した、大切な「何か」を取ったのだ。
そんなこと、大したことじゃないわ…。
「私も…、私も愛してるゼク。」
ハウシンカは自分が存在する実感を、ゼクの愛撫と挿入、そして繰り返される接吻から感じていた。
「…そんなコト、わかってるよ。」
ゼクという異物に、自分が少しずつ溶け出していくのがわかる。
溶け出した心が、悦楽の噴水として溢れて流れるのだ。
それが再び形成される時…。
それはもう自分であっても、自分一人ではない。
彼は彼であっても、彼だけではない。
「愛してるって言って…ゼク、お願い!!」
「別に構わねーよ、何度でも言ってやるさ…。…愛してるハウシンカ、誰よりも。俺が愛してるのは、お前だけだぜ…。」
波の様に迫り上がってくる甘く貴い感情が、ハウシンカを溺れさせる。
それと同時に…、愛に充たされるコトで本当の自己に向き合う本当に怖い気持ち…。
ゼクは、ハウシンカを本当に守りたいと思った。
そして全てが変わり…、何も変わらないだろう。
恋愛、友愛、親子愛に作品への愛と他にも様々あるが…。
そう、…愛だけが真実なのだ。
愛し合っていれば…、きっと何とかなると信じて!!
現在を生きよう…。
未来はきっと、そこにあるから!
愛が、明日への足掛かりになる!!!
それは、もう少しだ…。
だから…、やがてハウシンカがオルガズムを迎えると同時にゼクもピュッピュした。
「そんなことより踊ろうゼ」 ザ・チャレンジ
 
おまけ
さすがにセリフの途中で解説を入れると興ざめだと想うので…、ここで少し補足を。
「おとのさま」は英語なら「My prince」でしょうね中国語なら「君子」かな、訳されたい方がいらっしゃるならばこれを元に…。
ぼくとしてはこのゆい方、…世界中に浸透して欲しいですね。
…女性が愛されたいダーリンのおチ◯チンをどう呼ぶか?、それは「愛」に於いて非常に重要な問題だとぼくは考えるのです。
だから、おチ◯チンは拳銃のメタファーではありません…、「愛のシンボル🥳」です!!!
 
 

Black Swan -overload- 33

「まだまだだぜ、行くぞ!」
ゼクは踏み込んで、斬りつける。
「フン、まだやれるな…。」
狗香炉は、矛の柄で落ち着いて受けた。
ゼクは、連続で斬り込んで行く。
間合いを離されれば、不利になる…。
だがゼクの攻撃がほんのわずか途切れると、すぐに狗香炉の鋭い一撃が飛んでくる。
「やはりまだ、実力不足か。」
狗香炉の強い突きを受け流し損ない、ゼクは転倒した。
狗香炉は、止めを刺さない。
ゼクは、もうどうすればいいのかわからなかった。
その時、気が付いた。
少しずつ二人の周りを、騎士達が取り囲み始めている。
影の国の軍勢の黒き騎士達は、もうほとんど残っていなかった。
狗香炉もそれに気が付き、取り囲んでいるカトラナズの騎士達を大喝した。
「どうした、腰抜けどもめ!掛かってこないのか?」
騎士の一人が、落ち着いて答えた。
「私達は、あなた達の意志を尊重したい。この一騎打ちに決着が着くまでは、私達は手を出さない…。」
ゼクは、立ち上がった。
もう背負っている物は、何もないのだ…。
自分が勝とうがここで殺されようが、仲間達はもう大丈夫だろう。
ゼクは、そんなことを考えていた。
やれるだけ、やってみるか!
「これはまだ、練習中なんだがな…。」
ゼクは刀を鞘に収めると、その場に正座した。
騎士達は、驚いてざわめいた。
狗香炉は、面白いと考えた。
ゼクは目をつぶり、やがて開いた。
ゆっくりと、深く大きく呼吸をしている。
空気が、しいんと静かになった。
緊張感が張り詰める。
叩き潰せる…。
狗香炉は考えていた。
しかし、躊躇もした。
気に押されたのではない。
狗香炉は、どこかゼクに対して親心の様な感情が芽生えてしまっていた。
見守っていたのかも知れない…。
ざわついていた騎士達も、じき静かになる。
空気は張り詰めて行ったが、徐々に朗らかな物に変わっていった。
狗香炉は、ゼクに誘われる気持ちになった。
その時、悟った。
ああ…、わしは死ぬのだな。
まあ、まず悪い死に方でもあるまい。
狗香炉は、そう実感した。
何かに引き込まれる様に、狗香炉は矛を振り下ろしていた。
ゼクはひざ立ちになり、刀を三分の二抜いて受けた。
「いやあ!!」
立ち上がり、気合いと共に上段から狗香炉を斬り伏せる。
狗香炉は左の肩から右のわき腹にかけて深く斬られ、そのまま息絶えた。
騎士達は怪我人の搬送に、走り回っていた。
出発する時、一個中隊いた騎士達は今はもう二個小隊が編成できない。
その中でゼクは、ずっと狗香炉の亡骸を見詰めていた。
誰も、ゼクに声を掛けなかった。
ゼクは、通りかかったローランドを呼ぶ。
「こいつを埋葬したい…。手伝ってくれ。」
ローランドは、何も言わなかった。
展望台の広場のすぐ近くに、大きな杉の木を見つけると、その根元に亡骸を埋める。
埋葬が終わると、ローランドはすぐにゼクから離れ騎士達に合流した。
ゼクは首から下げていた、「太陽を抱く月」をその場に埋める。
立ち去ろうとすると、呼び止める声が聞こえた。
「私は、ロムス…。この地に呼び出されようとしている。あなたは、ゼクさんですね?」
埋葬したその場所から、ピンクと紫の雲が湧き上がり黄金の八端十字架が立った。
「あなたの気持ち…、充分にわかりました。あなたは何も、どんな時も自分の気持ちは口にしない。それを、狗香炉さんは感じ取っていたのでしょう。」
ゼクは立ち去ろうとした。
「待って!私の話を聞いて下さい。あなた達の愛情の証として、私はある奇跡をあなたに贈ります。」
狗香炉の亡骸を埋めた場所が光に包まれ、やがてその場所から一筋の閃光が昇った。
「あなたは、やがて子供を設けるでしょう。その時、生まれてくるのは誇り高い男の子…。」
ゼクは、ロムスが語っている意味に気付いた。
「その子には、ニル、と名前をお付けなさい…。まだ何も持たない、新しい生命。あなたの熱い血潮が、カトラナズに新たな生命をもたらしたのです。」
ゼクは、ロムスを見詰めて言った。
「ありがとう…。」
ロムスは、ほんのり桃色に輝いた。