二人の預言者 1

ある時天国で、酒宴が開かれておりました。

席に連なっていたのは、三人の偉大な賢者。

イエス・キリストと、預言者エリヤ。

それに、預言者モーゼです。

三人は、偉大な人の集まる天国でも、最も偉大な三人でしたし、同時に何でも話せる、良き友人でもありました。

キリスト「いや〜しかし、君達二人と話していると、本当に楽しい。すっかり時間を、忘れてしまうよ。まあ天国には、時間など無いのだから、忘れてしまっても、一向に差し支え無いのだが。強いて言えば、ここにコノンがいれば、何も言うことはないのだが…。」

モーゼは、笑顔で言いました。

モーゼ「コノン様ですか…。あの方は、また旅に出ているのでしょう。そういえば、キリスト様。あの方は、人間として産まれながら、天使ケルビムがその魂を受け入れて、一体になったと聞いたのですが…?」

キリストは、上機嫌でした。

キリスト「その通り。あの男は誰よりも、人の心の弱さを、知っている…。それが、人間として一番大事な事だよ。しかし、人は誰だっていいところがある。モーゼ、お主の存在もまた、天国には欠かせない…。」

モーゼは、かしこまって言いました。

モーゼ「いや、勿体無いお言葉です。私は、お二人に比べて若輩者ですから、学ぶ事が本当に多くあるのです。これからも、こういう席に限らず、是非是非ご教授頂きたい。」

しかしエリヤは、その勿体つけた言い方が気に入らず、茶々を入れました。

エリヤ「そんな事は、どうだっていいんだ。せっかくの酒が、不味くなるわい。それよりお前さん、嫁さんは貰わんのかね?いい加減、いい歳だ。早く、身を固めたらどうだ?」

エリヤにとっては、思った事をそのまま口にしただけですが、真面目なモーゼは、ムッとしました。

モーゼ「私は、妻などもらう気は、ありません。私には、大切な職務が待っています。天国の議会の議長という、大切な職務が。大体、女などというものは、男にとっては足枷も同然。妻などにかまけていては、大切な職務が、疎かになってしまう。私は、それを恐れておるのです。」

エリヤも、負けずにやり返しました。

エリヤ「それは、妻帯しておるわしへの、当てつけかな?確かに、イエス殿には、妻はおらん。だが妻、いやいや、妻に限らず、女という物は、そんなに悪いもんじゃ、ない。男という物は、やはり女と、それも出来るだけ多くの女と、遊んでみなくちゃ、いかん。それでこそ、人間の深淵に、足を踏み入れる事が、出来るというものなんじゃ。」

エリヤは、そう言うと席を立ち、トイレに向かいました。

モーゼは、小さい声で、ヒソヒソとキリストに、耳打ちしました。

モーゼ「キリスト様、本当にあんないい加減な方が、天国の裁判長に、相応しいのですか?私の耳に、時折入るんですが、あの方はキリスト様のお立てになった、法を無視して、独断で人間を天国に入れたり、拒んだりしているそうじゃ、ありませんか。そんな事では、天国の規律は、守って行けません。キリスト様から、言ってみて下さいませんか?」

キリストがそれに答える前に、エリヤは席に、戻って来ました。

今度はモーゼが、空になった自分の杯と、キリストの杯を持って、席を立ちました。

エリヤは、普段と変わらない調子で、キリストに言いました。

エリヤ「なあ、イエス殿。あのモーゼとかいう若造は、何を真面目くさっておるのかね?確かに、仕事振りの評判はいいようだ。しかし、政治は所詮、悪人の仕事だよ。清濁併せ呑む度量がなけりゃ、務まらんのだ。それを何かね?女はつまらんなどと。女も口説けない様な奴に、政が務まるかね。よく、考えてみて欲しい。」

キリストが、何か答えようとすると、モーゼが両手に、並々ついだ杯を持ち、帰ってきました。

二人の、お互いへの訴えは、それまでとなり、夜は更けていきました。

 

次の朝、二人は別々に、キリストに呼び出されました。

キリストは、エリヤに言いました。

キリスト「どうにもならん。またギリシャで、ゼウスとヘラが揉めているらしい。全くこの二人は、年中問題を起こしている。ただの痴話喧嘩なんだが、万一の事も、無いとは限らん。特にヘラの機嫌を損ねると、厄介なのでな。私から、手紙を書いておいた。これを持って、ギリシャへと向かい、まあヘラの愚痴でも、聞いてやっておくれ。」

エリヤは昨晩、酒宴が終わった後も、自室で一人、夜通しウィスキーをやっていたため、酔いが醒めていませんでした。

エリヤ「わかりました、イエス殿…。まあ、出来るだけ急ぎはしますが、なるたけのんびり、ギリシャへと向かいたいと、思います。」

そう言って、エリヤはフラフラと、出発して行きました。

次にモーゼが、呼ばれました。

モーゼは、昨日の疲れなど何のその、目からは火花が散る様に、輝いておりました。

キリストは言いました。

キリスト「今、ペトロから連絡が、届いてな。どうやらギリシャで、ゼウスとヘラが、大変な事になっているらしい。事によっては、神々を二つに分けての、戦争という事も、あり得る。この場合、やはり夫であるゼウスに呼び掛けるのが、筋だと思う。だから私から、親書を認めておいた。これを持って、ギリシャに赴き、ゼウスに思い留まるよう、説いて欲しい。」

モーゼ「これは、名誉ある任務。わかりました、キリスト様。このモーゼ、早速ギリシャに、向かいたいと思います。必ずや、吉報を、お持ちしますぞ!」

こうしてモーゼも、勇ましく出発していきました。

キリストは、誰にも真意がわからような顔で、ニコニコしておりました。