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遥かなる旅 19

エリヤは、アベルに呼びかけることを、試みました。
エリヤ「アベル、何故お前は、わしがお前さんを馬鹿にしていると、そんな風に考えるのかね?」
アベルは、即座に答えました。
アベル「それは、ぼくがギリシャの、辺境の地に住んでいて、そこから出た事が無いからです…。」
エリヤは、納得しました。
エリヤ「そうか、お前さんは田舎者、そういう訳か…。それじゃ、お前さん自身は、どうかな?お前さんは、誰か他に、辺境の地から出て来た者があった時、それを田舎者と、馬鹿にするのかな?」
アベルは、ムキになって否定しました。
アベル「そんな筈が、ないじゃないですか!辺境の地から出たって、立派な事を成し遂げた人は、いくらだっています。都市に住んでいるからって、賢いなんて限らない…。」
エリヤは、突っ込みました。
エリヤ「それならば、堂々としておればいい。誰も馬鹿になど、しておらんのじゃから…。」
アベルは、抵抗しました。
アベル「でもそれは、例えば哲学の学院を出たとか、何かの楽器を達者に扱えるとか、そういう才能や、腕があればです。何もなければ、只の無能ですよ。そして、ぼくがそうなんです!」
エリヤは、続けました。
エリヤ「お前さんは、羊を飼っているじゃないか?それは、どうしたんじゃ。」
アベルも、食い下がります。
アベル「羊を飼うなんて、簡単です!どんな馬鹿だって、できるでしょう。」
エリヤは、一捻りしました。
エリヤ「お前さんは、羊飼いの仕事を、誰にでも出来るという…。それなら聞くが、それはあのルシファーに、務まると思うか?」
アベルは、笑いました。
アベル「ハハハッ!それは、とても無理でしょう。だって、ルシファーといったら…。羊飼いの仕事は、決して難しくはありません。でも、根気が要るんです。羊達というのは、決してこちらの思うようには、ならないんです。だからと言って、全て羊達に、合わせるわけでもない…。羊達の思いを組んでいきつつ、ハッキリこちらの意志を、明確に羊に伝えなければ、ならない。言葉では、ありませんが。その辺は駆け引きです。慣れとかコツが、必要です。」
エリヤは、落としにかかりました。
エリヤ「それは、決して誰にでも出来る事じゃない…。だからお前さんは、馬鹿でも無能でも、無いじゃろう。」
アベルは、恥ずかしそうに言いました。
アベル「そうですね…。羊飼いの仕事だって、父さんから引き継いだ、立派な仕事です。ぼくも、誇りを持って、やってますから。」

二人は、山を登り続けました。
アベル「そうですか…。ここは、不思議な山ですね。でも、確かにそれなら、人々から悲しみの山と呼ばれているのも、頷けます。でも、ぼくにわからないのは、理性が強まるって、いけないことなんですか?考え深い事は、ギリシャでは何より尊ばれる事ですよ。」
エリヤは、サラッと答えました。
エリヤ「それは、勿論いい事じゃよ。でも、自分の事について考えていると、週順して、やがては虚しくなるじゃろう…。考えるなら、他人の事にした方がいい。」
アベルは、素直に疑問をぶつけました。
アベル「でも哲学者の先生達は、自分自身について知れ、と教えているじゃありませんか?」
エリヤは、思慮深げに答えました。
エリヤ「それはな、アベル。お前さんの言っておることは、方法が間違っておるんじゃ…。人が、自分自身について答えを求める時、机の前に座って、自分自身とは何かと問い続けても、何も答えなど出んよ。それならば、買い物でも何でもいい。外に出て、人の話に耳を傾ける事じゃ…。人の話をよく聞いて、心からそれを理解していく。その時、自ずから自分自身というものが、浮かび上がってくるんじゃ。」
アベルは、よくわかりませんでした。
しかしエリヤの話は、何がしか、アベルの直感に、訴えかけるものがあったのです。
アベルは、ずっと口に出来なかった想いを、口にしました。
アベル「エリヤ様…。ぼくはずっと、想っていたんです。ぼくも、たくさんの事を学んで、色々な経験を積めば、いつかはエリヤ様みたいに、賢くて偉い人に、なれるのでしょうか?」
エリヤは、静かに言いました。
エリヤ「わしは、偉くも賢くもないよ…、アベルそれにな、何度も言うが、わしにこだわるな。お前の心には、わしの知らない、お前さんだけの世界が、果てしなく広がっておる…。それを大切に、逞しく育てていきなさい。そしていつか、そこに人々が立ち寄って、心を休められるような、そんな人間になりなさい。」
アベルにはそれは、遥かなる旅の様に、思われました。
そして、それはもう既に、ずっと前から始まっていると、わかりました。
本当の価値とは、何か。
アベルはうっすらと、予感していたのです。