Black Swan -overload- 29

ゼク発案の待ち伏せ作戦の決行から、三日目の夜。

「隊長、見て下さい!影の国の軍勢が、山道を登って来る…。なかなかの数だ。」
騎士の一人が、山道を埋め尽くす松明を見つけた。
「よ〜し、お前はそのまま後方のルカーシ殿とゼクさんに伝えて来るんだ。総員戦闘準備!充分に引きつけるぞ。それと、引き際を見誤るな!」
中隊長率いる十人の騎士は、馬から降りて山道の両側に隠れて潜んだ。
影の国の軍勢が徐々に近づいて来る。
騎士達は、剣を握り締め息を潜めた。
黒き騎士が、目の前を通り過ぎる…。
その数…七、八、九、十。
中隊長は、大声で指示を下した。
「今だ、矢を放て!突撃せよ!」
カトラナズの騎士達は、一斉に矢を放つ。
四騎の黒き騎士が、落馬し地に落ちた。
矢を放った者から、突撃する。
先ずは、落馬した者からだ。
地に伏せっている四騎は、あっという間に止めを刺される。
中隊長は馬上の黒き騎士を、下から剣で貫いた。
暗闇に剣の照り返しが煌めく。
だが、それはほとんどカトラナズの物だ。
一人、味方の騎士が斃れた。
しかし黒き騎士は、十騎は討ったろう。
黒き騎士達の後方から、猛然と巨大な騎士が突っ込んでくる。
狗香炉だ!
中隊長は、すぐ撤退の指示を出した。
「退け、撤退しろ!みんな急げ!」
騎士達は、隠してあった馬に次々と乗り込んでいく。
一人遅れている若い騎士がいた。
その向こうには、狗香炉が迫っている。
恐らく間に合わないだろう。
仕方ないな…。
中隊長は覚悟を決めた。
共に撤退の時間稼ぎをしている副長の、尻をポンと軽く叩く。
「後の指揮は、お前が執れ…。任せたぞ!」
「ちょっと、何言ってるんですか!」
中隊長は馬に乗ると、狗香炉の前に立ちはだかる。
「お前の相手は、俺がするぞ!!」
狗香炉の矛を、一度盾で受けた。
二度目で、盾を弾かれる。
三度目は胸を突かれた。
その間に残っていたカトラナズの騎士は、全て撤退した。
時間は、少しさかのぼる。
同じ日の日中、ザハイム研究所発掘現場の記録室で、ミミカは先日の記録を再生していた。
周りには、ハウシンカと映像の解析を担当している二人の研究員がいる。
映像は大空に地下室のビジョンが映り、世界の崩壊が始まるところだ。
刑吏によって刑が執行され、女性の罪人の首が切り落とされる。
バキン!
あの音が響き渡った。
「止めて。」
ハウシンカは言った。
「この音…。この音で、本当に世界が割れると思う?」
映像解析担当の研究員に、ハウシンカは尋ねた。
「伝説を考慮しますと、この時、世界のバランスは完全だそうです。永遠という時間の流れの中にあって…。」
もう一人が口を開いた。
「音だけでは判断出来ませんが、すごい音ですよね。音の大きさではなく…、心が割れてしまう様な、そんな音に私には聞こえます。」
ハウシンカは、ロムスの言葉を繰り返す。
「overload…。大きな負荷が掛かれば、世界ですら崩壊する。そういうことなのかしら?」
ミミカは、口を挟む。
「世界は崩壊していませんが、このラルゴさん…。良太さんでしたっけ、の存在は崩壊からの再生を繰り返していた、という伝説がありますね…。」
ハウシンカは、考えながら話した。
「もしそれならば、世界全体が崩壊しても再生する可能性はないのかしら?」
ミミカは、話を変えた。
「ところで、この空に映ったビジョン。これは、ラルゴさんの観ているビジョンなんですが…、変なんです。この刑吏、これはどうやら…。」
研究員が、先を続けた。
「この刑吏としてラルゴが理解している人物はパルツィバルであり、罪ある女性とされているのは御堂咲香です。」
もう一人の研究員が、見解を述べる。
「これは、ありえないことです。パルツィバルは、ラルゴ、良太自身の前世ですし、ラルゴと御堂咲香の間には、確かに争いがありました。しかしこの時点では、御堂咲香とラルゴは既に友人関係を結んでいるはずです。」
ハウシンカは、あまりよく飲み込めない様だった。
「どういうことかしら…。このビジョンは、間違っている。そう言いたいの?」
ミミカは、説明した。
「この映像が証明しているのは、英雄ラルゴは必ずしも全てを見通している全能の存在ではなかった、ということでしょう。…彼は、一人の人間だった。」
ハウシンカは、胸を衝かれた。
「ラルゴは至聖三者を造り、新たな世界、このカトラナズの国をもたらした英雄でしょう?それが…。」
ミミカはある喜びと共に、結論を下した。
「彼は、普通の人間だったんです。どこにでもいる、何でもない男…。それが、世界を救ったんです。すごいことですよね?」
ハウシンカは、納得出来ない。
しかしあの吐き気の意味が、何となく理解できる気はした。

Black Swan -overload- 28

「隊長、見えますか?あそこです!あそこに、サモン・ジェネレーターが…。」

騎士の一人が叫んだ。
「よし、ガトル…。お前の死は、無駄にはならなかったぞ!」
隊長と呼ばれた騎士は、傷付いたもう一人の騎士に肩を貸している。
「どうしますか?我々二人だけでも…。」
飛び出そうとする騎士を、隊長が諌めた。
「我等の任務は、サモン・ジェネレーターの発見だ。無理はしなくてよい。戻って、ルカーシ殿に報告するぞ!デメル、もう少しがんばれよ…。」
隊長は肩を貸している騎士を励ますと、もう一人の騎士と共に撤退していった。
それからしばらく時間が経過する。
ここは、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場に建てられた研究棟の一室である。
聖コノン騎士団は、ここを臨時の作戦司令室として借りていた。
ルカーシと隊長クラスの騎士数人、それにゼクとソクロがいる。
ローランドは、先の戦いの傷がまだ癒えていなかった。
医務室で休んでいる。
指揮棒を手にした中隊長が、地図上を指し示しながら確認した。
「当初予想された、サモン・ジェネレーターの位置はここになります。そして、三日前に我々が解除したサモン・ジェネレーターはここ…。」
中隊長はルカーシに確認しながら、話を進める。
ルカーシは、静かに頷いた。
「そして、先ほど発見された物がここです。」
ルカーシは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…おわかりだろうか、諸君?このサモン・ジェネレーターの配置は、恐らくドラゴンの召喚であろう…。」
隊長達に、動揺が走った。
場がざわつく。
ルカーシは、静かに続けた。
もしドラゴンが喚び起こされれば、聖コノン騎士団が総力を挙げても、食い止められない。…何としても、ドラゴンの召喚は食い止めなければならない!」
ゼクは、口を挟んだ。
「まだ、チャンスはあるぜ…。このオルト島でドラゴンを召喚するには、どうサモン・ジェネレーターを配置しても、ここ…。」
ゼクは、ヘムの村の展望台を指差す。
「ここには、一基必要になるんだ。小さな島だからな…。ここさえ押さえられば、勝機はある。だが逆に言えば、奴らだって死ぬ気で取りに来るだろう。」
隊長達は、再びざわつき始めた。
ルカーシは思案している。
「当初予想されていたサモン・ジェネレーターは、実際にそこにあると仮定しよう。そして、新たに発見された一基。ドラゴンの召喚には、最低三基必要になる…。どうだろう、ゼクくん。いつが決戦になると思う?」
ゼクは、結論を出した。
「奴らの戦力の消耗を考えれば、これ以上戦いを長引かせるのはもう無理だ。そして俺達は、一基解除してる。いいか?追い詰められてるのは、奴らなんだ!俺の予想では、数日中に本隊をぶつけて来るだろう…。」
ルカーシは、深く頷いた。
「私も、そう考えていた。恐らく狗香炉も出て来る…。」
その名を聞いて、ゼクの目が怪しく光った。
「.なあ、ルカーシ。俺が作戦を立てちまっていいか?」
ルカーシは、慎重に言葉を選ぶ。
「喜んで聞かせてもらおう。提案は、大歓迎だ。」
ゼクは中隊長から指揮棒を取り上げ、説明し始めた。
「よし、みんな安心しろよ。この戦いは、そんなに難しくない…。先ずここだ。狗香炉達が、ヘムの村の展望台に入ろうとすれば、必ずこの一本道を通らなきゃならないんだ。」
ゼクは指揮棒で、山道を示す。
「俺達は、部隊を三つに分ける。一つは、囮。一つは、迎撃。一つは、挟み撃ち用だ。」
ゼクは、山道の展望台から近い地点を指した。
「ここに、囮部隊を配置する。囮部隊は待ち伏せして、奇襲攻撃を行った後すぐに撤退する。」
次に、展望台からヘムの村へと続く村道を示す。
「ここには、迎撃部隊を置く。囮部隊は、迎撃部隊と合流して、狗香炉達を迎え撃つ。」
中隊長が聞いた。
「挟み撃ちは、どこで行うのです?」
ゼクは、展望台の入り口を示した。
「ここに潜むんだ…。奴らが展望台に入り切ったら姿を現し、挟み撃ちにする。どうだ、異論のある奴はいるか?」
隊長達は、皆頷いている。
「ルカーシ、これでどうだろう。もっと、いいアイディアがあるか?」
ルカーシは、引き締まった表情で言った。
「いいと思う。現時点では、最善の策だ…。みんな聞いてくれ!我々は、この戦いに一個中隊を投入する。残り二個小隊は、守りに当たる。恐らく、これが最大の戦いになるだろう。」
ルカーシは一度言葉を切り、大きく息を吸って再び語った。
「この戦いの前に、皆に竹鶴の21年を振舞おう!死ぬなよ、生きて戻れ!」
隊長達は、「おう!!」と応じた。
ローランドは、同じ建物の医務室にいる。
ミミカが医務室の扉を潜ると、ローランドはいびきをかいて寝ていた。
ミミカが毛布を直すと、ローランドは目を覚ました。
「ミミカちゃん、来てくれたんだね!俺は君を守る為に戦ったんだ!」
ミミカは、溜息を吐いた。
「随分、無理をしたみたいですね…。」
ローランドはご機嫌だ。
「そんなこたぁどうでもいいさ!そうそう俺、暇だから君に手紙を書いたよ。初めてだから、上手くいかなかったけど…。」
ミミカは、微笑んで受け取った。
「ゆっくり、休んで下さい。」
医務室を出て、手紙を眺める。
「汚い字…。」
ミミカの緊張が、フと緩んでいった。
 

Black Swan -overload- 27

「おーし、待たせたなみんな!安心しろ、もう大丈夫だ!」

ゼクは、大声で叫ぶ。
仮設の聖壇が作られたサモン・ジェネレーターに、ゼクとソクロ、それにヘムの村発掘現場に駐留している聖コノン騎士団からの応援二個小隊が到着した。
これで、ヘムの村駐留の聖コノン騎士団は、一個中隊をサモン・ジェネレーターに派遣し、保有する戦力の半分を投入している。
「や〜っと来たかあ…。遅いぜぇ。俺はもう、疲れた…。」
ローランドはゼクの声を聞くと、ナイフを投げ出して地面に座り込んだ。
「悪かったな…。準備に手間取ったんだ。疲れてる奴らは、一旦退がれよ。俺達は前にでるぞ!」
応援の騎士達は、一斉に鬨の声を挙げる。
その頃、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場では…。
「では、起動して下さい…。」
ハウシンカの指示が、係りの者に連絡されて行った。
「よし、一番と三番の出力を上げろ!」
発掘現場の中心には、鋼鉄とも大理石ともつかない物質で出来た、人一人乗れる程の円盤がある。
そこに様々な装置が連結され、プロジェクターに繋がれていた。
連結されている装置のスイッチが次々と入力され、円盤にエネルギーが送られる。
円盤は、低い唸り声の様な音を立てながら輝き始める。
ミミカは、記録係だ。
自分の担当の機器を手早く操作し、プロジェクターの録画を開始する。
円盤の音が高まって行き、研究員達の前に幻影が映し出された。
川沿いの土手の上を歩いて行く青年の映像…。
ハウシンカが繰り返し見るあの夢、ラルゴとロムスの夢だ。
発掘現場にいる人間の中で、転送機に乗ったのはハウシンカ一人であったから、他の研究員達にとっては初めて観る映像である。
研究員達は、驚きの声を挙げていた。
杭を埋め込むラルゴ…。
叫び出すロムス…。
ザハイムの研究員達は、映し出される映像一つ一つの意味を話し合っている。
同時に彼らはその映像に、ある陶酔を感じていた。
神聖な法悦である。
装置や機器でごった返している発掘現場に、あの音…、世界の割れる音が響き渡る。
その場に居合わせた者は、誰もが存在の根幹に響く不安を憶えた。
その時、ロムスが叫んだ。
「…シンカさ…。」
ハウシンカは、すぐに気づく。
夢と違う!
「…ウシンカさん。私は…。」
繰り返される。
映像と音声が分離し始めた。
研究員達も、首を傾げている。
ロムスは、三度叫んだ。
「ハウシンカさん。私はロムス。」
プロジェクターに映っている映像は、奇妙に捻じ曲がって黄金に輝く八端十字架を浮かび上がらせていた。
その周りには、ピンクと紫の雲が掛かっている。
ミミカが録画用のモニターを覗き込むと、そこにはハウシンカの供述通りの、世界が音を立てて崩れていくシーンが映っていた。
ハウシンカは、息を飲んだ。
「…これが、ハリストス!」
ハウシンカの近くの誰かが気付き、声を挙げた。
ロムスの声は、耳から聴こえるんじゃない。
直接、イメージとして届くんだ!
ハウシンカの心に、暖かくも切ない声が響いた。
「ハウシンカさん、あなたは愛を知っていますか?」
研究員達の目が、一斉にハウシンカに注がれる。
ハウシンカは、毅然として対応した。
その場に居合わせた人々は、誰しもがそう語る。
しかし、ハウシンカは内心震え上がっていた。
…尿失禁していた。
「もちろん、知っています。…恋人、いますから。」
ハウシンカは、あらかじめ用意された脚本を読み上げた様に、棒読みでそう口にした。
ロムスは笑った。
何故そうわかるのかは、わからない。
ただ、みんなの心がとても弾んだのは確かだ。
「強がりはお止めなさい…。あなたは、未だ愛を知りません。でも、この間いいことがあった…。そうでしょ?」
ハウシンカは、装置のコントロール・パネルに手を突っ張り、必死に体を支えていた。
「それは、私のプライヴェートです。研究とは、関係ない。」
先ほどと、同じだ。
まるで感情の感じられない、抑揚のない声。
十字架が、神々しく輝く。
「あなたは、自分がしていることを理解出来ていない。ねんねえだもの…。あなたが自らの行いを振り返り、自らの不遜さに震えるには、一度世界を危険に晒す必要があるんでしょうね。そんなラブ・ストーリーも素敵…!私にしてみたらそんなの茶番だけど、少しだけ羨ましい。人間はいいわね。ホントに、少しだけ!」
ハウシンカは、声を震わせた。
「あなたは、どうなんですか?全てを超越している救い主に、愛されることが必要ですか?」
ロムスの輝きは落ち着き、ある甘さを放った。
「ラルゴは、私を愛したわ。抱いたの、私を。彼の熱い情熱が、私を女性にした…。神だから固く閉ざしていた私の心の扉を、…ラルゴはその逞しさで開いてしまった。…私を愛したのは、イイススじゃない。ねえ、あなたに想像出来て?」
映像と音声は、失われる。
ハウシンカは、一瞬でオルガズムに到達していた。
それは正しく、エクスタシーと言える。
そして、トイレに駆け込んで吐いた。
 

Black Swan -overload- 26

ゼクは、今日は非番だった。

発掘現場の宿舎で目を覚ますと、もう大分陽が高くなっている。
ゼクは、あくびをかみ殺しながらベッドから起き上がり、着替えを済ます。
Tシャツは特にこだわりはない。
普通に、Dickiesで購入した蹄鉄のロゴの入った赤い無難な物だ。
だが、ジーンズはLeeの「101riders」1955年モデル(当然、復刻ではある…。)。
憧れのジェームス・ディーンが映画ではいていた奴で、ゼクはずっとこれだけをはいていた。
スニーカーは、ネイビーのジャック・パーセル
陳腐だとは思ったが、ジーンズに合わせるのだから仕方がない。
ヘムの村に着くと、時刻はもう昼だ。
行きつけのラーメン屋「招福軒」に行くと、店の前にソクロが立っている。
「あれ…?ハウシンカが来てんのか。」
ソクロは、黙って頷いた。
ゼクが店の引き戸を引くと、隅っこでハウシンカがチャーハンを食べている。
白×ネイビーのボーダートップスに、ワイドなデニムパンツ。
それに椅子に掛けられたテーラード・ジャッケットという出で立ちは、明らかに浮いている。
「何だよ、お前。こーゆー店に来んのかよ?」
ゼクはハウシンカと同じテーブルの、向かいの席に腰を下ろした。
「馴れ馴れしいわね。いつものカフェが休みだったから…。たまたまよ。」
ゼクは、注文を取りに来た若い女性に告げた。
「…チャーシューメン大盛りとギョーザね。」
注文するとゼクは、すぐに煙草に火を点ける。
「あなたね、人が食事してるのよ?それに、私は煙草大嫌い。」
ゼクは気持ちよさそうに煙を吐き出すと、ハウシンカに言った。
「この前は、引っ叩いたりして悪かったな。別に詫びって訳じゃないんだが、何か買ってやるよ…。」
ハウシンカは、チャーハンを口に運びながら言った。
「女性に暴力を振るう男なんて、最低よ。」
ゼクは、のんきに天井を眺めている。
やがて、チャーシューメンが運ばれてくる。
ゼクが箸を割りラーメンをすすり始めると、ハウシンカは席を立とうとした。
「…ごちそうさま。」
ゼクはチャーシューメンの湯気の向こうのハウシンカを、手で制した。
「いーから、少し付き合えよ。俺が払うから。」
ハウシンカは忌々しさを感じながら、再び席に座った。
二人は、村にある民芸品の店「しず屋」に立ち寄った。
村の伝統工芸品を取り扱っている店で、木を彫ったり麻を編んだりした、小物が並んでいる。
「どれにする?」
「私は、欲しくない。」
ゼクは少し眺めると、天然石をはめ込んだネックレスを手に取る。
「これで、いーんじゃねーか?」
ケルト十字に似た形で、十字の中心に石がはまっていた。
ラピスラズリは、ハウシンカの誕生石だった。
「ばあさん、このネックレスはどんないわれがあるんだ?」
店先に座っているおばあさんは、ゆっくりとしゃべり始める。
「この辺一帯は、昔っから崇高至善様を崇めてますだ…。だから…ここにある品物は、みんな崇高至善様への捧げ物です。」
ゼクは、お金を支払う。
「ちょうどいい。そんな陰気臭いネックレスは外しちまえよ。」
ハウシンカに押し付けると、ハウシンカは返そうと抵抗する。
「いらなきゃ、捨てろよ。俺は構わねー。」
ハウシンカは苦虫を噛み潰した様な気分で、店を出ようとドアの取っ手に手を掛けた。
…すると。
ゼクが後ろからやって来て、ハウシンカの体を自分の方に向けると、そのまま唇で唇を覆った。
ハウシンカの脳裡に、「この恥知らず!」という言葉が思い浮かんだ。
しかし言葉が思い浮かんだだけで、何も出来ない。
ゼクは唇を離すと、言った。
「俺は、お前のことは嫌いじゃないぜ。悪く思うなよ。…じゃーな!」
ゼクはそのまま店を出て、どこかに行ってしまう。
ハウシンカは、抵抗出来なかった自分に愕然とした。
そして、胸の高鳴りを抑えられない。
「Born slippy(Nuxx)」 Underworld
その頃、ゼク達が発見したサモン・ジェネレーターでは、死闘が繰り広げられていた。
ゼク達がサモン・ジェネレーターを発見してから間もなく、応援が到着した。
それからすぐに仮設の聖壇が設けられ、騎士団付きの司祭一人と助祭二人による、サモン・ジェネレーターの解除が始められる。
サモン・ジェネレーターの解除は、早くても一週間はかかる。
その間騎士達は、聖壇と司祭達を守り通さなければならない。
ローランドも、ここにいた。
敵の攻撃は激しい。
今までとは、段違いだった。
騎士達は二個小隊派遣されていたが、既に半数は戦闘不能だ。
「また、新手か?数は!」
ローランドはナイフを二本、両手に構える。
ミミカの為に体術を学んだのだ。
刀は重くて無理だったので、ナイフに切り替え体術をミックスした。
「ミミカちゃん、見ていてくれ!俺は、君の為に戦うぜ!」
ローランドは、新たな敵に向かって走り出す。

Black Swan -overload- 25

悪鬼は、必要以上には近づいて来ない。

槍のリーチを活かして、遠間から突いて来た。
ゼクは刀身で受け流し、接近を試みる。
その間に壮年の騎士は脇に回り込み、攻撃を仕掛けた。
「こっちだ、行くぞ!」
壮年の騎士は、剣で力強く打ち込む。
悪鬼は槍の柄の根元で、かろうじて受ける。
「そらっ、こっちだぜ!」
その隙を突いて、ゼクは刀を閃かせ悪鬼の首を刎ねた。
「ゼクさん!」
壮年の騎士はゼクの背中を、盾を構えて庇った。
聖別された神聖な盾が、魔法の炎を遮断する。
「真にほむべきかな、神々を統べ給う至聖なる三人の神…。人間に造られし至聖三者よ!我らの苦悩、悲哀、疲労を慈しみ給え!!」
ソクロは、祈祷を終えた。
すると魔法陣を形作っていた赤黄色い光を押し返す様に、青紫色の光が疾る。
サモン・ジェネーレーターの魔力は逆流し、残っていた魔導士と悪鬼を吸い込んでいった。
「ふうっ!やりましたね、ゼクさん。」
壮年の騎士は、息を吐いた。
「まだまだだ…。応援が来るまで、ここを守らねーと。」
そうは言いながらも、ゼクも笑っている。
「いや〜、疲れました…。」
ソクロは疲れ切って、地面に尻もちを突いていた。
同じ頃、セトはエマを連れて、海岸を散歩していた。
あいにくと、天気は曇っている。
「楽しい〜!うん、あたしは今、とても楽しい!!」
エマは、はしゃいで駆け出した。
やがて靴が邪魔になったのか、放り出して駆け回った。
「お〜い!あんまり、遠くまで行くんじゃないよ…。」
セトはゆっくり歩きながら、エマを見詰めている。
「セト様、こっち〜!こっち来て!」
エマは袖をまくり、砂を掘り始めた。
砂は高く積まれて行き、山の様になっている。
「こらこら、服を汚すなよ。」
セトは、苦笑いしている。
エマは猛烈な勢いで、砂を盛って行った。
エマは、セトの所に走って来た。
「セト様…。」
「何だい?」
セトは、エマの顔を覗き込む。
エマは、うつむいて言った。
「あの…、セト様のお名前、お借りしてもよろしいですか?」
セトは、エマの頭を撫でて言う。
「いいよ。君の好きにするといい…。」
エマは砂で造った山の所に走って戻ると、その両脇に、落ちていた枝を使って、セト、エマと書いた。
セトは微笑んで、その光景を眺めている。
砂の山は、ハートの形に盛られていた…。
エマは再び、セトの所に走って来た。
敬礼の真似をし、片手を挙げる。
「セト様、セト様!あたしの空腹を、報告します!」
セトは、プッと吹き出した。
「昼ごはんを食べに行こう…。その前に、手足をきれいにしないとね。」
二人は近くの水道に行き、エマの砂にまみれた手足を洗い流した。
エマが水で洗っている間に、セトはエマが放り投げた靴と靴下を拾ってくる。
「ありがとう…、ございます。」
セトはそのままタオルを取り出して、エマの手足を拭い始めた。
エマは、体が火照って来るのを感じた。
「さ、行こう。」
セトとエマは、並んで歩き出す。
エマの手を、セトの華奢な指先がそっと包んだ。
セトは、何も言わない。
まるで、いつものことみたい…。
そんなことを、エマはボンヤリしながら考えていた。
エマは聞いた。
「セト様にとって、あたしは何なんですか…?」
セトは、前を向いたままだ。
「今は、未だその答えを望まないで欲しい…。いつか必ず答えは出す。そして君を不幸には、絶対にしない…。」
エマは何だか嬉しかった。
「はい…!!」
「Mallholland」 Stars of The Lid

Black Swan -overload- 24

「ゼクさん、大変です…!」
あれからしばらく経って、若い騎士は慌てて駆け戻ってきた。
「どーした?何があった。」
若い騎士はゼク達の所まで来ると、ゼイゼイと荒く息をして報告した。
「この先で、サモン・ジェネレーターを発見しました!」
ゼクとソクロは、顔を見合わせる。
「ソクロ、行くぞ。」
「行きましょう…。これで、決着がつくといいんですが。」
ゼク達が若い騎士に案内されて先へ進むと、壮年の騎士が山道から崖下を覗き込んでいる。
壮年の騎士はゼク達に気がつくと、崖下のある地点を指差した。
「あそこです…。木の陰になっている。赤黄色い光が見えますか?」
ゼクは膝を突いて、指し示された辺りを覗く。
成る程、間違いない。
「崖はそれ程高くはないな…。ソクロ、サモン・ジェネレーターの解除は出来るか?」
ソクロは、頭を掻いた。
「残念ですが、わたしはまだ助祭の身でして…。サモン・ジェネレーターの解除は、司祭以上の位階でないと行えない奇跡なんです。」
ゼクは考えた。
「そうか…。それなら、司祭が必要だな。」
壮年の騎士はゼクに言った。
「それに、ここからだと木の陰になって、敵の数がわかりません。どうしましょう?」
こうしている間にも、サモン・ジェネレーターからは新たな悪鬼が姿を現そうとしていた。
ゼクは壮年の騎士に、簡潔に尋ねる。
「アンタ、来るかい?」
壮年の騎士は一瞬ビクッとしたが、すぐに気を取り直して答えた。
「行きましょう…。当然じゃないですか。」
ゼクは、笑った。
「よし、決まりだな。若いの、一っ走りお使いを頼む。ルカーシの所に走って、司祭と応援を呼んで来るんだ。ソクロとオッさんは、俺に着いてこい!」
若い騎士は、食い下がった。
「待って下さい!ぼくにも、戦わせて下さい。ぼくだって、やれるんです!」
ゼクは自分よりも年上の若い騎士に、優しく微笑んだ。
「もう少し強くなったら、な?さあ、行くぞ!!」
ゼクは先頭を切って、崖を駆け下りる。
三人はサモン・ジェネレーターのすぐ前に、飛び出した。
サモン・ジェネレーターの向こうには魔導士が一体、その両脇に魔導士を守る様に二体の悪鬼がいる。
ソクロは大声で、ゼクと壮年の騎士に呼びかけた。
「二人共、私を援護して下さい。これから神に祈りを捧げ、召喚を食い止めます。」
ソクロは、首に掛けていた「太陽を抱く月」を外すと、手の平に乗せて詠唱に入った。
「我等を護り、導きたまいし、偉大にして崇高なる至聖三者よ。その深遠なる叡智を、我等に示し給え…。崇敬者、生命と花木、主ストーム・ライダーせんさん。ラルゴに造られし、新たなる神々の長…。」
悪鬼はソクロの詠唱に気付くと、一体がこちらに近寄ってきた。
もう一体は、魔導士を守ろうとしているらしい。
ゼクは、ソクロと悪鬼の間に割って入り、白刃を抜き放った。
その頃ルカーシは、ヘムの村の発掘現場の自室で、ガウェイン将軍からの親書を紐解いていた。
挨拶の文言を読み飛ばし、早速内容に入る。
そこには、こうあった。
「今から約二週間後の○月×日、ザハイム研究所に関係する機関を、一斉に取り押えることが決まった。既に王ダヴィドの調印も済み、後は決行を待つだけである。ルカーシ、君の誠実な人柄を見込んで折り入って頼みたい。我が娘、ハウシンカのことだ…。恐らく、ハウシンカは承服しないであろう。抵抗し、拘束される可能性も充分に考えられる。その時は、よろしく頼む。必要な資金や人手に関しては、遠慮なく言ってもらいたい…。」
ルカーシは、震えた。
これは、夢ではないのか?
そんな気がした。
その時、ドアがノックされる。
「ルカーシ様!サモン・ジェネレーターが発見されたそうです。」
ルカーシは、現実に引き戻される。
「わかった。今行く…。」

Black Swan -overload- 23

ブラック・スワンとハウシンカ、ミミカは、ヘムの村のザハイム研究所発掘現場に戻った。

そこでブラック・スワンは聖コノン騎士団と共に、狗香炉率いる黒き騎士達との戦いに明け暮れる日々を送っていた。
オルト山の山道で、ゼクとソクロ、それに二人の騎士は、黒き騎士二騎に遭遇している。
どちらも徒歩だ。
「ゼクさん、今度は私が先に行きます!」
壮年の騎士が叫ぶと同時に、黒き騎士の一騎、悪鬼に立ち向かって行く。
「ぼくだって、遅れませんよ!」
若い騎士が、その後を追った。
ゼクは、大声で呼び掛ける。
「わかった!俺は、スケルトンを片付ける。ソクロ、頼むぜ!」
ソクロは、もう既に詠唱に入っている。
八端十字架を天に掲げ、神聖な文言を語り始めた。
「お前の相手は、この私だ!」
壮年の騎士は、悪鬼の左側から斬りかかる。
「ほらほら、こっちから行くぞ!」
若い騎士は、右からだ。
悪鬼は、二人の剣撃を槍で受けながら、後ろに退がっていく。
一方ゼクは、一撃でスケルトンの首を刎ねた。
"吉祥天"は、名刀だ。
骨を断つぐらい、何てことはない。
そのまま蹴り倒し、刀の峰で砕いていく。
ソクロは、歌う様に詠唱を続ける。
額から汗が浮かび上がり、首筋を伝った。
手にした八端十字架が熱を持ち始め、スケルトンは煙を上げる。
「ウゴー!!」
業を煮やした悪鬼が、大振りに槍を振るい壮年の騎士に打ち掛かった。
壮年の騎士は、しっかりと盾で受け止める。
「今だ!!」
若い騎士はその一瞬の隙を突いて、脇腹を切り裂いた。
悪鬼は苦しみ、声を上げて槍を振り回す。
壮年の騎士は慎重に近づき、胸に一撃を加え止めを刺した。
ゼクの方も、ソクロの祈祷が終わりスケルトンは土に還る。
「終わりましたね…。」
ソクロは肩で息をしながら、穏やかに語った。
若い騎士は、言った。
「この先の様子を見に行くなら、ぼくに行かせて下さい。まだまだ、やれますよ。」
壮年の騎士が、口調を合わせた。
冒険者の皆さんに戦わせて、騎士が何もしなかったなんてそんな不名誉なことはありません。」
ゼクは、頷く。
「わかった。俺とソクロは、ここで待ってる。無理はするなよ。何かあったら、呼びに戻ってこい!」
戦いは、カトラナズ側が優勢に進めていた。
そのことを、ルカーシはセトに報告する。
「我々の死者は二名、負傷者五名で、黒き騎士は既に報告があるだけでも、四十騎は撃破しています。これは私見ですが…、ゼクくんの提案した戦法が有効に働いていますね。独特なのです。常に数的に有利になる様に…。」
セトは、微笑んで言った。
「わかったわかった、彼の活躍なんだろ?素晴らしいね、全く…。」
「ただ、サモン・ジェネレーターが未だに発見されていません。黒き騎士達の数から推測すると、複数存在することが予測されます。」
セトは、静かに返事をした。
「そうだな。そうなんだが…。」
ルカーシは、セトの表情を読み取る。
「何か、気になる点でも?」
セトはしばらく思案してから、口を開いた。
「黒き騎士達の攻撃は、あまりに散発的過ぎるよね?」
ルカーシも、そのことは考えていた。
「そうなんです…。そもそも、ザハイム研究所の発掘現場を攻略する気があるのかどうなのか…。しかし、彼らの被害は大きい。」
セトは、一語一語確認する様に話す。
「そうなんだ。これで、空手で引き上げるというのはどうたろう?確かに彼らは、兵を捨て駒の様に使う。それでもあまりにも、何というかいい加減過ぎる。」
ルカーシも、思案する。
「何か別に目的があって、我々の目を逸らしている…。」
セトは、そう考えていた様だ。
「そう考えるのが、自然だと思う。」
二人の間に、沈黙が流れる。
やがて、セトから口火を切った。
「まあ何にせよ、現状では出て来る敵に対処していくしかないな…。サモン・ジェネレーターを探すにしても、人手がね。その件は、ガウェイン将軍にぼくの方から掛け合っておくよ。」
ルカーシは、頭を下げた。
「ありがとうございます。…では、わたしはこれで。」
セトは、笑顔で敬礼した。
「お疲れ様、またよろしく。」
ルカーシも敬礼し、団長室を退出する。
その足で食堂に向かうと、見慣れない騎士が近づいて来て、こう耳打ちした。
「ルカーシ様。ガウェイン将軍からです…。」
見慣れない騎士は、周りから見えない様にルカーシにガウェイン将軍からの親書を手渡すと、足早に去って行く。
ルカーシは向きを変え、厩舎に向かった。
…すぐに発掘現場に戻り、中を確認しなければならない。