Black Swan -overload- 36

セトとハウシンカは、二人きりで部屋にいた。
セトは静かに、しかし断固とした口調で要求した。
「ハウシンカ…。これで、最後。君へのお願いは、これで最後にしよう。ぼくは、君を傷つけたくない。"真理の書"を渡してくれ。…君が持ってるんだろう?」
ハウシンカは、ゆっくり首を横に振った。
「渡さないわ…。これは、私の全て。私の誇りよ。」
セトは下を向いたまま、表情を見せない。
「君の気持ちは、わかった。こちらとしても、取るべき手段を取らせてもらおう。後悔しても、もう遅いんだ…。」
ハウシンカは、セトを真っ直ぐ見詰めた。
「もしかしたら、私が意地を張ったって結果は同じことかも知れない。でも、譲れない…。あなたがわかってくれても、くれなくても、私は譲れないのよ!」
セトは返事をせず、部屋を出た。
部屋の外には、待機させておいたルカーシが指示を待っている。
「後は頼む。人を集めて、捜索してくれ…。その間、ハウシンカの話し相手にでもなってくれないか?」
ルカーシは、敬礼した。
「ハッ!了解しました。」
それから数分後、ゼクの部屋の扉をノックした者がある…。
「何だ、ルカーシか…。何の用だよ?」
ルカーシは辺りの様子を伺うと、素早く部屋の中に入った。
「ゼクくん、時間がない。用件に入ろう…。」
ゼクは既に、何かを嗅ぎつけている。
「仕事の依頼だ。ただしこれはブラック・スワンではなく、君個人への依頼になる。やってくれるか?」
ゼクは、甲冑に着替えを始めた。
「いいぜ、やるよ…。すぐなんだろ?」
ルカーシは少しだけ、緊張がほぐれた。
「流石に、話が早い。」
ルカーシは椅子に腰掛けると、詳しい話をする。
「仕事の内容は、単純だ…。ハウシンカ様を連れて、このオルト島を脱出してほしい。」
ゼクは、さすがに驚いた様だ。
「騎士団相手か…。メンドくせーな。」
ルカーシは、話を続ける。
「ハウシンカ様には、もう話をつけてある。…一も二もなく承諾されたよ。」
ゼクは、籠手を装着した。
「ふーん、そうか…。」
ルカーシは、椅子から立ち上がる。
「どこに向かうのか、それはハウシンカ様に聞いて欲しい。必要な物は、全て港町ミルムで受け取ってくれ。この親書が、証明書代わりだ…。」
ルカーシはゼクに歩み寄り、両手を握った。
「すまない、ゼク君。ハウシンカ様を、よろしく頼む!」
ゼクは、既に準備を整えている。
「ま、俺の都合もあるしな…。」
ゼクとハウシンカは、ルカーシの手引きで発掘現場を脱出した。
さすがにルカーシは聖コノン騎士団の副長だけあって、トラブルなく外に出ることが出来た。
二人は大きく迂回する山道を通って、港町ミルムに向かう。
ルカーシは、却って人の多いミルムから船に乗ったほうが素性を隠しやすいと考えたのだ。
「全く、お前ときたら…。自分がやってること、わかってるのかよ?」
ゼクは、ハウシンカに話しかける。
「ごめんなさい…、私のわがままにつき合わせちゃって。でも、どうしても抑えられなかったの。」
ゼクは拍子抜けした。
いつものハウシンカなら、ポンポンと威勢のいい返事が帰ってくる…。
「で、どうするんだ。オルト島を出て、どこへ行く?」
ハウシンカは、下を向いた。
「シュメク…。首都シュメクに向かうわ。」
ゼクは呆れる。
「何だよ!親父のところに行くなら、セトに相談すればいいじゃねーか。」
ハウシンカは、顔を上げて言った。
「違うのよ…。ザハイム研究所の本部へ行くの!」
ゼクは、ハウシンカの「何か」に気づく。
「どうするんだ?そんな所に行って…。」
ハウシンカは何かをこらえる様に、言葉を絞り出した。
「私、確かめたいの…。自分の目で。ザハイムという人が、本当に何を考えているのか…。ちゃんと話をしたい。その答えによってはこれは、"真理の書"は…。」
ゼクはハウシンカの方を向き、ゆっくりと話す。
「わかった…。でもな、騎士団を相手にするんだ。厳しい旅になるぜ?覚悟はしろよな。」
ハウシンカは、朗らかな笑みを浮かべた。
「私、がんばる…。足手まといには、ならないから。」
ゼクは、ため息を吐いた。

Black Swan -overload- 35

時間を少し戻そう。
ヘムの村で聖コノン騎士団とブラック・スワンが、狗香炉率いる影の国の軍勢と激突する少し前だ。
時刻は夕方。
仕事が終わる時刻。
カトラナズの首都シュメクの通りも、家路を急ぐ人や買い物に出かける主婦が大勢いた。
そんな頃、ザハイムはザハイム研究所本部の所長室でハウシンカからの報告を受け取っていた。
「転送機の起動準備は、完了しました。後は、本物の聖遺物をセットするだけです。起動する為のキーになるのは、私が完成させた"真理の書"。その全容を把握しているのは、私だけです…。後日、私が正式に報告に伺います。」
ザハイムは、騒がしさを感じ取っている。
何人かの足音が、扉の向こうに聞こえた。
「…どうやら、間に合ったみたいね。」
ザハイムが報告書を閉じると、扉がいきなり開き数人の騎士が室内に入って来る。
騎士の一人が言った。
「ザハイムだな…。ガウェイン将軍の命により、お前を逮捕する!」
ザハイムは、ため息を吐いた。
「まったくノックもしないで、女性の部屋に入ってくるなんてどういうつもり?それで、私の罪状は…。何!?」
別な騎士が答えた。
「国家への反逆だ…。自分のやっていることが、わからないのか?」
ザハイムは席を立った。
「私達は、聖三位一体のあるべき姿を模索しているのよ?確かに、今は聖三位一体は神とは呼べないかも知れない…。でも彼らの力は必要よ。その利用方法を研究することの、どこが反逆なの?」
騎士達は、黙ってしまった。
しかし、やがてその内の一人が口を開く。
「諸君、我々の任務は宗教問題ではない!ザハイム、何を言ったとしてもお前はその研究成果を、影の国に持ち込んでいるではないか?」
ザハイムは、チラリと舌を出した。
「あら、それがいけないかしら?カトラナズの国の人って、意外とケチなのね…。いいじゃない。罪は赦されるっていうんだし、仲良くやりましょう。」
ザハイムは脚を組んで、机に腰掛けた。
騎士は叫んだ。
「貴様、カトラナズの者ではないな!」
ザハイムは、媚びるようにウインクする。
「やっとわかってくれたのね…。遅い、遅すぎるわ。」
隊長らしい騎士が、告げた。
「ザハイムさん、私達に従って下さい。あなたが何者であっても、私達は手荒なことはしたくない…。」
ザハイムは、投げキッスする。
「紳士ね。好きよ、そういう人。でもね…。」
ザハイムが空中に指で模様を描くと、その足元にサモン・ジェネレーターが輝きだした。
騎士達は、動揺した。
「何だ!どうするつもりだ!!」
ザハイムは、舌なめずりする。
「私はそんなつもりないけどね!」
ザハイムの足元の魔方陣から、角が飛び出した。
やがて、巨大な赤い頭が現れる。
「赤き竜よ…、伝説の。」
ザハイムは、赤き竜の頭に仁王立ちに立った。
赤き竜の巨大な体は、天井も壁も突き破り空に飛び立つ。
「ほんと、おバカさんよね…。ザハイム研究所の支部が、赤き竜を喚び出す魔法陣の一部になってたっていうのに、だ〜れも気が付かないんだから。」
上空からザハイム研究所本部を見下ろすと、相当な数の騎士達が見えた。
その周りには、通りかかっただけの普通の人々も大勢いる。
人々の恐怖の叫びが、空に満ちた。
そして騎士達は弓をつがえると、矢を放つ。
「もう、うるさいわね…。赤き竜よ!ちょっとだけ、サービスしてあげなさい!」
赤き竜は、上空からものすごい勢いの炎の息を吐き出す。
ザハイム研究所本部を含む一帯は、一瞬で灰燼に帰した。

Black Swan -overload- 34

医務室は、いっぱいだった。

だからゼクは、自室で治療を受けている。
とは言っても、大きな外傷があった訳ではない。
額の傷も軽く、体力を消耗していただけだ。
念のためということで、医師は安静を命じた。
ゼクは、ソニーウォークマンでJoao Gilbertoのアルバム「Um Encontro」を聴きながらベッドに寝転んでいる。
「つまんねー…。」
ゼクは、取り立てて趣味を持っていなかった。
だから、こうなってしまうとすることがない。
唯一望むことと言えば、煙草が吸いたい。
それぐらいのものだ。
外に出ようとすれば、誰か騎士に声を掛けて着いて来てもらわなければならず、消耗している今、それは本当に面倒くさかった。
「オナニーでも、するか。」
荷物の中からポルノ雑誌を取り出していると、誰かが扉をノックする。
「はいよ、開いてるぜ。」
ゼクは雑誌を取り出して、ベッドの上に投げた。
「…こんにちは。」
ハウシンカだった。
「何の用だよ?小言は、今は勘弁してくれ。」
ハウシンカは、目を伏せている。
首からは、ゼクが買ったネックレスをしていた。
「そんなんじゃないわ…。座ってもいい?」
ゼクは、ベッドに腰掛けた。
ハウシンカはまだゼクが一度も使ったことのない、部屋に備え付けの椅子を引いてきてベッドの前で座った。
「そんなの、見てるの?嫌ね。」
ゼクは相手にせず、ベッドの上に寝転んだ。
ハウシンカはそれきり、何も言わない。
何か言いたそうではあったが、ゼクが何か言うのを待ってるのかも知れなかった。
「俺は、煙草吸いに行くぜ?我慢出来ねー…。」
ハウシンカは、吐き捨てる様に言った。
「そこで、吸えば?」
ゼクは、イライラした。
そこで本当に窓を開けて、煙草に火を点けた。
下で巡回している騎士と目が合ったが、館内禁煙はザハイムのルールだ。
そのまま行ってしまう。
ハウシンカは無理に話題を探して、話し始めた。
「あなたって、戦うのが怖くないの?」
ゼクは煙草の煙を吐き出した。
「俺にとっては、日常だ。それが、当たり前だからな。」
ハウシンカは、そんな言い方は嫌だった。
「嘘よ…。セトは、怖いって言ってたわ。」
ゼクは首を傾げて、煙草を二、三回吹かす。
「怖かねーとは言ってねーよ。怖いのが、俺には普通なんだ。そうじゃないと、抱けない…。」
ハウシンカは、首を横に振った。
「あなたは、普通の生活に憧れたりしない?いつも同じ時間に起きて、同じ時間に出発する。同じ家に帰って来て、そこには同じ家族がいるの…。」
ゼクは、即答した。
「無理だな。俺の柄じゃねーよ。」
ハウシンカは立ち上がって言う。
「じゃあ、今だけそう思って。」
そのままゼクに覆いかぶさる様に、キスをした。
ハウシンカは永く唇を重ねた後、舌を差し込む。
首をかき抱き、愛撫する様に舌を這わせた。
そして離れると、言った。
「どう?これが、ちうちう💗よ。」
ハウシンカはゼクの隣、ベッドの上に座る。
ポルノ雑誌を放り投げた。
「こんなのより、本当のの女性の方がいいでしょ?」
ゼクは、吹き出してしまった。
腹を抱えて大笑いし、ベッド上にひっくり返る。
「あー、おもしれー!こんなに笑ったのは、久し振りだぜ。」
ハウシンカは憮然としている。
「あなたって、最…。」
ゼクは、唇を塞いだ。
ハウシンカは息が出来ない。
そのまま優しく、抱き締める様にベッド上に仰向けにされてしまった。
「まだ、早いとは思うけどな…。戦いの後は、抱かずにはいられねーからよ。」
ハウシンカは、か細い声で言った。
「愛してるって言って…。それだけ、お願い…。」
ゼクは、ため息を吐く。
「今さら、何言ってんだよ…。」
一瞬だけ、ちゃんとした顔をした。
「愛してるよ。気持ちは、もうずっと固まってたんだ。」
ゼクは、軽く口づけした後激しく抱いた。
戦いで人を傷付けた苦しみに立ち向かうには、そうするしかない…。
敵を斬る、その手応えは手に残って消えないのだ。
斬られた者の「怨み」は、斬った者の心に刻まれる。
痛みは、…伝わって来る。
その行為がどれだけ義しく正当であっても、「人殺し」には違いが無かった…。
同じ手が乳房を掴む、秘部を弄ぶ。
その「傷」にエロスから立ち昇る香気が、癒す様に染み込んでいく。
人を殺した「罪」が、人を愛する事で赦されるのか?
それは、誰にも答えられない…。
「ゴメン、ゼク。お願い…、舐めて。」
ゼクは、ハウシンカの薔薇の蕾に実った柘榴の実を口にした。
たわわな実りから、たっぷりとしたバターのよ〜な悦びの果汁が溢れ出す。
ハウシンカの赤く染まり芳しく香る引き締まった「女性」を、ずっと美しく愛おしいと信じた。
その悦びが、束の間それを忘れさせた。
忘れなければ、夜を越えられない。
「私にもおとのさまがちゅきちゅきだからちゅ〜ペットをさせて…。いや?」
ゼクは首を横に振り、ハウシンカは上になってゼクの陰茎を口に含む。
熱が、舌を伝わってきた…。
薄くて透明な液体が、先端から溢れている。
切ない気持ちで、舌を這わせる。
やがてゼクは、ハウシンカを仰向けに寝かせて愛し始めた。
「く、苦しい…。」
ハウシンカは呻く。
「痛いか…?」
ゼクは、ハウシンカに声を掛けた…。
「ううん、いいの…。気持ちいい…。」
ハウシンカは、激しく声を挙げた。
自分の気持ちを、声にしたかった。
部屋の外には、見張りの騎士がいる。
きっと聞こえるだろう…。
それでも構わなかった。
初めて、プライドを捨てたのだ。
心に兆した、大切な「何か」を取ったのだ。
そんなこと、大したことじゃないわ…。
「私も…、私も愛してるゼク。」
ハウシンカは自分が存在する実感を、ゼクの愛撫と挿入、そして繰り返される接吻から感じていた。
「…そんなコト、わかってるよ。」
ゼクという異物に、自分が少しずつ溶け出していくのがわかる。
溶け出した心が、悦楽の噴水として溢れて流れるのだ。
それが再び形成される時…。
それはもう自分であっても、自分一人ではない。
彼は彼であっても、彼だけではない。
「愛してるって言って…ゼク、お願い!!」
「別に構わねーよ、何度でも言ってやるさ…。…愛してるハウシンカ、誰よりも。俺が愛してるのは、お前だけだぜ…。」
波の様に迫り上がってくる甘く貴い感情が、ハウシンカを溺れさせる。
それと同時に…、愛に充たされるコトで本当の自己に向き合う本当に怖い気持ち…。
ゼクは、ハウシンカを本当に守りたいと思った。
そして全てが変わり…、何も変わらないだろう。
恋愛、友愛、親子愛に作品への愛と他にも様々あるが…。
そう、…愛だけが真実なのだ。
愛し合っていれば…、きっと何とかなると信じて!!
現在を生きよう…。
未来はきっと、そこにあるから!
愛が、明日への足掛かりになる!!!
それは、もう少しだ…。
だから…、やがてハウシンカがオルガズムを迎えると同時にゼクもピュッピュした。
「そんなことより踊ろうゼ」 ザ・チャレンジ
 
おまけ
さすがにセリフの途中で解説を入れると興ざめだと想うので…、ここで少し補足を。
「おとのさま」は英語なら「My prince」でしょうね中国語なら「君子」かな、訳されたい方がいらっしゃるならばこれを元に…。
ぼくとしてはこのゆい方、…世界中に浸透して欲しいですね。
…女性が愛されたいダーリンのおチ◯チンをどう呼ぶか?、それは「愛」に於いて非常に重要な問題だとぼくは考えるのです。
だから、おチ◯チンは拳銃のメタファーではありません…、「愛のシンボル🥳」です!!!
 
 

Black Swan -overload- 33

「まだまだだぜ、行くぞ!」
ゼクは踏み込んで、斬りつける。
「フン、まだやれるな…。」
狗香炉は、矛の柄で落ち着いて受けた。
ゼクは、連続で斬り込んで行く。
間合いを離されれば、不利になる…。
だがゼクの攻撃がほんのわずか途切れると、すぐに狗香炉の鋭い一撃が飛んでくる。
「やはりまだ、実力不足か。」
狗香炉の強い突きを受け流し損ない、ゼクは転倒した。
狗香炉は、止めを刺さない。
ゼクは、もうどうすればいいのかわからなかった。
その時、気が付いた。
少しずつ二人の周りを、騎士達が取り囲み始めている。
影の国の軍勢の黒き騎士達は、もうほとんど残っていなかった。
狗香炉もそれに気が付き、取り囲んでいるカトラナズの騎士達を大喝した。
「どうした、腰抜けどもめ!掛かってこないのか?」
騎士の一人が、落ち着いて答えた。
「私達は、あなた達の意志を尊重したい。この一騎打ちに決着が着くまでは、私達は手を出さない…。」
ゼクは、立ち上がった。
もう背負っている物は、何もないのだ…。
自分が勝とうがここで殺されようが、仲間達はもう大丈夫だろう。
ゼクは、そんなことを考えていた。
やれるだけ、やってみるか!
「これはまだ、練習中なんだがな…。」
ゼクは刀を鞘に収めると、その場に正座した。
騎士達は、驚いてざわめいた。
狗香炉は、面白いと考えた。
ゼクは目をつぶり、やがて開いた。
ゆっくりと、深く大きく呼吸をしている。
空気が、しいんと静かになった。
緊張感が張り詰める。
叩き潰せる…。
狗香炉は考えていた。
しかし、躊躇もした。
気に押されたのではない。
狗香炉は、どこかゼクに対して親心の様な感情が芽生えてしまっていた。
見守っていたのかも知れない…。
ざわついていた騎士達も、じき静かになる。
空気は張り詰めて行ったが、徐々に朗らかな物に変わっていった。
狗香炉は、ゼクに誘われる気持ちになった。
その時、悟った。
ああ…、わしは死ぬのだな。
まあ、まず悪い死に方でもあるまい。
狗香炉は、そう実感した。
何かに引き込まれる様に、狗香炉は矛を振り下ろしていた。
ゼクはひざ立ちになり、刀を三分の二抜いて受けた。
「いやあ!!」
立ち上がり、気合いと共に上段から狗香炉を斬り伏せる。
狗香炉は左の肩から右のわき腹にかけて深く斬られ、そのまま息絶えた。
騎士達は怪我人の搬送に、走り回っていた。
出発する時、一個中隊いた騎士達は今はもう二個小隊が編成できない。
その中でゼクは、ずっと狗香炉の亡骸を見詰めていた。
誰も、ゼクに声を掛けなかった。
ゼクは、通りかかったローランドを呼ぶ。
「こいつを埋葬したい…。手伝ってくれ。」
ローランドは、何も言わなかった。
展望台の広場のすぐ近くに、大きな杉の木を見つけると、その根元に亡骸を埋める。
埋葬が終わると、ローランドはすぐにゼクから離れ騎士達に合流した。
ゼクは首から下げていた、「太陽を抱く月」をその場に埋める。
立ち去ろうとすると、呼び止める声が聞こえた。
「私は、ロムス…。この地に呼び出されようとしている。あなたは、ゼクさんですね?」
埋葬したその場所から、ピンクと紫の雲が湧き上がり黄金の八端十字架が立った。
「あなたの気持ち…、充分にわかりました。あなたは何も、どんな時も自分の気持ちは口にしない。それを、狗香炉さんは感じ取っていたのでしょう。」
ゼクは立ち去ろうとした。
「待って!私の話を聞いて下さい。あなた達の愛情の証として、私はある奇跡をあなたに贈ります。」
狗香炉の亡骸を埋めた場所が光に包まれ、やがてその場所から一筋の閃光が昇った。
「あなたは、やがて子供を設けるでしょう。その時、生まれてくるのは誇り高い男の子…。」
ゼクは、ロムスが語っている意味に気付いた。
「その子には、ニル、と名前をお付けなさい…。まだ何も持たない、新しい生命。あなたの熱い血潮が、カトラナズに新たな生命をもたらしたのです。」
ゼクは、ロムスを見詰めて言った。
「ありがとう…。」
ロムスは、ほんのり桃色に輝いた。

Black Swan -overload- 32

聖コノン騎士団によるザハイム研究所発掘現場の占拠は、大したトラブルもなく進んだ。
聖コノン騎士団が要求していたことは、あらゆる研究の停止と自室での待機といった程度のことであって、ほとんどの研究員は抵抗することなく従ったのた。
ザハイム研究員達も、大抵の者は理解していた。
何か事情があるのだ、と。
しかし、ハウシンカは別だった。
彼女はセト以下、聖コノン騎士団の騎士達の誰の指示にも従わず抗議を続けた為、騎士団は止むを得ず彼女を監禁することとなる。
監禁するとは言っても、自室にいることが許されていたし、見張りの者が付く程度のことであった。
ハウシンカは、自室のドアを内側からノックして、見張りの騎士に呼びかけた。
「どうしました、何か御用ですか?」
見張りの騎士は、朗らかに応じた。
「トイレです。いいですか?」
ハウシンカは、トイレに向かって歩き出す。
その後ろから、見張りの騎士が着いてきた。
トイレの入り口で、ハウシンカは見張りの騎士を睨みつけると一人で中に入った。
見張りの騎士は、入り口の近くで待機している。
ハウシンカはトイレに設えられている大きな窓から、外の様子を伺った。
外は煌々とかがり火が焚かれており、巡回している騎士達が数人いる。
「やっぱ、無理よね…。映画じゃないんだから。」
おとなしく、トイレの戸を開けた。
同じ頃、ゼクは狗香炉と死闘を繰り広げていた。
「どうした?最初の威勢は!」
馬上での戦いは、誰の目にも狗香炉に分があった。
「攻めなければ、勝つことは出来んぞ!そらっそらっ!」
ゼクは防戦一方である。
「くそっ!この馬鹿力め…。」
そう呟いてみたが、狗香炉は決して力任せに戦っているだけではない。
矛の扱いも上手かったし、何より乗っている馬(狗香炉は牡牛だが)を操る技術に決定的な差があった。
狗香炉は攻める時は距離を詰め、打ち終わると離れた。
当たり前に思うかも知れないが、それが完全に狗香炉のペースだったのだ。
ゼクは焦れた。
必死に受け流し続けてはいる。
そして、それは上手くなってきてはいた。
体力の消耗は少しずつ抑えられる様になってきているが、反撃には至らない。
「口ほどにもない!」
狗香炉の猛烈な一撃だ。
ゼクは、危うく落馬しそうになった。
何とか態勢を立て直す為に、無理に反撃を繰り出す。
その隙を、狗香炉は見逃さなかった。
「甘いぞ、小僧!!」
炎が噴き出す様な突きが、繰り出された。
ゼクは受け損ない、額から出血して地面に投げ出された。
地面に落ちた際頭を打ったせいか、意識が朦朧とする。
刀は、地に突き刺さった。
狗香炉は、その様子を牡牛の上から見下ろしていた。
「ゼク、まだ生きていたいか…?」
ゼクは頭を振り、必死に刀に手を伸ばす。
狗香炉は、高笑った。
「いいぞ、まだまだやれそうだな!ちょっと、待っていろ…。」
狗香炉は、牡牛を降りた。
ゼクは刀を掴み、何とか構えを取る。
「小僧、もっとだ!もっと、わしを楽しませろ!」
狗香炉はこの上もなく満足だった。
ゼクのみなぎる闘志を、粉々に打ち砕く喜びに震える…。
一方、ルカーシはヘムの村に到着した。
あちらこちらの建物に火が点けられ、至る所で住民が逃げ惑っていた。
ルカーシは、怒りに震えた。
「…何て、卑怯な者達だろう。彼らは、剣を取って戦う者ではないのに。」
素早く馬を走らせたルカーシは、今まさに若い母子に手を掛けようとしていたグールの腰、下腹部を大剣で貫いた。
カトラナズの騎士の剣は、皆定期的に聖別されている。
その聖別された剣で、存在の根幹に当たる結び目を断ち切ったのだ。
グールは、砂の様に崩れ去った。
怒りを感じていたのは、ルカーシばかりではない。
他の騎士達も怒りに燃え立ち、懸命に戦った。
騎士達の装備は剣だけでなく、鎧も楯もみな聖別されている。
不屍の者であれば、楯を押し付けるだけでも体が崩れるのだ。
まるで風がすすきの穂を凪ぐように、不屍の者達は滅ぼされていった。
そこに、発掘現場の防衛に当たっていた者達が到着する。
ルカーシは小隊長を呼び止め、事情を聞いた。
「セト様率いる本隊が先程到着し、その…。」
小隊長は、口ごもった。
ルカーシは、ピンときた。
「ザハイム研究所を、指揮下に置いたのだな?」
小隊長は、驚きながらも頷いた。
ルカーシは、ガウェイン将軍からの親書の内容を思い出していた。
…しかし先ずは、この戦いを終わらせなければならない。

Black Swan -overload- 31

ルカーシは、狗香炉目掛けて突撃した。

「狗香炉覚悟しろ!このルカーシが相手だ!」
ルカーシは得物の両手持ちの大剣を、振り下ろした。
狗香炉は矛の柄で、受け止める。
火花が散った。
「お前が"天才剣士"と噂されるルカーシか…。どこまでわしの相手が出来るか、試してやろう!」
狗香炉は牡牛を巡らし、ルカーシの正面に立つと矛を力強く打ちおろす。
ルカーシは大柄な体を生かして、しっかりとその一撃を受け止めると、反撃に出る。
両手持ちの大剣とは思えない、太刀筋の速さだ。
一撃、二撃!
狗香炉は防御に回る。
「ふむ、噂はどうやら間違いではないらしい…。なかなかいい腕だ!」
狗香炉は牡牛を、ルカーシの馬にぶつけると態勢の崩れたところに打ちかかる。
「くそっ!何て力だ…。だが、まだまだ!」
ルカーシは馬を御して、再び狗香炉に向かわせた。
「狗香炉!お前の相手は、この俺だろう!!」
ゼクが飛び込んできて、狗香炉に稲妻の様に斬りかかる。
「ルカーシ、こいつは俺に任せてくれ!こいつには、借りがあるんだ…。味方が押されてる。助けてやってくれ!」
ルカーシは、今は問答などしている場合ではないと理解している。
「わかった、そいつの相手は君に任せよう!しかし…、死ぬんじゃないぞ!」
ルカーシは狗香炉の側を離れ、戦場を駆けた。
狗香炉は、笑った。
「ハッハッハ!この前の戦いでわからなかったのか?お前の実力では、わしには勝てんと!」
ゼクは刀を翻し、素早く斬りこむ。
「やってみなけりゃ、わからないだろう?」
狗香炉は刀を押し返す。
ゼクは必死で押し返していくが、力の差は歴然だった。
「こういう所が、お前の実力不足なのだ…。先ず、体が小さ過ぎる。それでは、一流の戦士にはなれんぞ。」
ゼクは刀を引き相手の体勢が崩れた所に、右のストレートをお見舞いした。
「ぐっ…!」
狗香炉は、のけぞった。
「ガタガタうるせー。オッさん、おしゃべりしに来たのかよ。」
狗香炉は、再び矛を構える。
「気の強いガキだ…。だが、戦士にはそれが何よりだ!」
ゼクも刀を振りかざし、上段に構える。
「自分の甘さを、後悔させてやるよ…。」
ルカーシは戦場を駆け、敵を討った。
なるほど作戦は成功しているし、そのことでこちらに有利に働いてはいる。
しかし、元々の数が違うのだ。
敵は、恐らく三倍以上いたのだろう。
…それでも流れは、カトラナズ側に徐々に傾きつつある。
ローランドが、声を掛けてきた。
「ルカーシ、魔導士は倒したぜ。全滅だ!」
ローランドは、ボウガンを振っている。
「ショート・ソードを貸してくれないか?ナイフじゃ、馬の上からだと戦いにくくてな。」
ルカーシは馬に備え付けてあった、短い剣を渡す。
その時だ!
ヘムの村から火の手が上がった。
「何だ!どうしたというのだ…。まさか、物質転送か!?」
ローランドは言った。
「ルカーシ、俺が見て来る。そこの騎士を一人貸してくれ。多分、あんたの想像通りだろう…。少し、待ってな!」
ローランドは、騎士の一人と共に馬を飛ばした。
その頃、セト率いる聖コノン騎士団本隊は、ザハイム研究所発掘現場に到着していた。
発掘現場を防御していた騎士達からは歓声が挙がり、勝利を確信する声が聞かれる。
セトは、そんな彼らに静かに告げた。
「みんなご苦労だった…。引き続き防衛の任に当たってくれ。ぼく達には、別にやることがある。これから何が起こっても、それはガウェイン将軍の命によるものだ…。後で説明する。信じて欲しい。」
現場にいた騎士達は、首を傾げている。
その間にも、到着した騎士達は手分けをして、宿舎や研究棟、件の発掘現場に散っていった。
騒々しさを、誰もが感じていたに違いない。
穏やかなことではないと。
しかし大きな混乱もなく、事態は進んでいった。
セトは、ハウシンカの部屋に向かう。
ノックし扉を開けると、そこにはソクロに伴われたハウシンカがいた。
「セト…。ありがとう、助けに来てくれたのね!あなたがいれば…。」
ハウシンカは、セトに抱きついた。
セトは力を込めて、ハウシンカの体を引き離した。
「違うんだ…。ぼく達はガウェイン将軍の命令で、この施設一帯を差し押さえに来たんだ。ハウシンカ…、よく聞いてくれ。もし君がぼくの指示に従わずに抵抗するなら、ぼくは君の身柄を拘束しなけりゃならない。」
ハウシンカは平手で、セトを打とうとする。
セトは、その手を掴んだ。
その頃、ローランドは馬を走らせていた。
ローランドは、ルカーシを見つけると大声で報告する。
「ルカーシ、やっぱり奴らだ!魔導士はいない。転送しやすい不屍者がほとんどで、まとめて転送されたんだな…。200体ってとこだ。戦力的には大したことないが数が多いし、俺らにはちょっとやり辛いぜ!」
ルカーシは、満足だった。
何より早かったし、まずまずの正確さだったからだ。
「ありがとう、よくわかった。副長はいるか!」
中隊の副長は目の前の悪鬼を斬ると、叫んだ。
「はい、ここにいます!」
ルカーシはその場から、呼び掛けた。
「この場の指揮は、君が執るんだ!中隊長は、立派だったぞ。君も遅れをとるなよ!私は一個小隊を借りて、ヘムの村の救援に向かう。ゼクくんには、後でよろしく言っておいてくれ。第一小隊、集合!」
ルカーシの元に、騎士達が集まってくる。
ローランドは、ま、何とかなるかな?と考え始めていた。
 

Black Swan -overload- 30

港町ミルムの隣、聖コノン騎士団の駐屯地…。
セトはヘムの村のザハイム研究所発掘現場に、応援部隊を派遣しようとしていた。
砦の門の内側には、騎士達二個小隊が整列している。
「よく聞いてくれ!君達はこれから、ザハイム研究所発掘現場の護衛の任に当たる。ルカーシ達は、既に出発していて防御は手薄だ。君達は、最前線に立つわけではない…。しかし、戦場では何が起こるかわからない!油断せず、気を引き締めて任務を遂行してくれ。」
セトは派遣する騎士達を、激励している。
「狗香炉率いる黒き騎士達は、決して知略に優れている訳ではない…。しかし、彼らはどんな卑怯な手段でも用いるだろう。君達が向かう先に、どんな罠が仕掛けてあるかわからない!…。」
「セト様!大変です…。」
そこに、一人の騎士が駆けつけた。
見れば、伝令の騎士である。
掛けているたすきの色でわかった。
「待ってくれないか?今は、彼らを送り出すところだ…。それが終わったら、ゆっくり話を聞くよ。」
伝令の騎士は荒く息をしながら、セトを止めた。
「それを、待って欲しいのです!今、ガウェイン様から指令が届き…。」
セトは、苛立った。
「君ね…。今は戦闘中なんだ。早々に、応援部隊を送り出さなきゃならないんだよ。」
「これを、お読み下さい!」
騎士は、一通の文書を差し出した。
セトはひったくる様に取り上げて、読み始める。
「まさか…!?」
セトは、わなわなと震えた。
騎士達の方に振り返り、静かに告げる。
「解散だ…。戦力を再編成する。指示があるまで、待機していてくれ。長い時間はかからないだろう…。すまない、中隊長を呼んでくれ。これは…、しかしそんな!」
セトは会議室へと下がった。
その頃展望台の近くでは、中隊長亡き後、副長が指揮を執り、巧妙に小競り合いを繰り返しながら撤退していた。
「副長!奴ら、上手く着いてきますね。」
副長は、ニヤリと笑う。
「ああ、上手くいってる!おい、もう少しスピードを上げろ。追いつかれるぞ!」
もう間もなく展望台に入る。
挟み撃ちの部隊を指揮するのは、ゼクだ。
「おい、ローランド!味方が撤退してくるぞ。
上手く行ったみたいだな…。」
ローランドはボウガンの照準を、念入りに点検している。
「後は、あれが本当に使い物になりゃあいいんだが…。何せ、お仲間で試す訳にもいかねぇし。」
ゼクは深く考えず、あっけらかんと言った。
「まあ、お前の腕を信用してるぜ…。」
カトラナズの騎士達が、潜んでいるゼク達の脇を通り抜けていく。
「先ずは、味方だ…。」
馬が蹄で地面を蹴る音が、響き渡る。
ゼク達は姿勢を低くして、見つからない様にした。
馬の足音が変わった。
重く鈍い音だ…。
恐らく、黒き騎士のそれだろう。
「みんな、もう少し待てよ…。一気に行くからな!」
迎撃部隊を率いるルカーシにも、囮部隊の騎士達が目に入った。
「諸君、敵は近いぞ!気持ちを引き締めてくれ!」
囮部隊は広場の中央を避けて迂回し、ルカーシの部隊の後方に走り去る。
「お役目ご苦労!突撃準備…。もう少し待ってくれ…。あれが仕掛けてあるからな。」
広場の入り口に、黒き騎士達が姿を現す。
先頭は、狗香炉だ。
「フン、待ち伏せか!面白い、ひねり潰してやる!!」
その時狗香炉の足元で爆発が起こり、ものすごい閃光と破裂音が響き渡る。
「落ち着け、どうどう!」
狗香炉は、牡牛を懸命になだめた。
その後も突撃してきた黒き騎士達の足元で、次々と爆発が起こる。
ローランドはボウガンを手に、つぶやいた。
「ようし、成功だ!ソクロの持ってた爆弾に細工をして作った"地雷"…。ざまあねぇな!」
ルカーシは指揮を執り、先頭に立って突撃した。
「突撃だ!敵は混乱している。立ち直る隙を与えるな!」
ゼクも、叫び声を挙げる。
「こっちも突撃だ!皆殺しにするぞ!!」
一方…。
聖コノン騎士団の駐屯地の砦では、再び騎士達が呼び集められていた。
整列した騎士達は、一個中隊。
砦に駐屯している戦力の約半数で、先程よりも大規模である。
セトは、騎士達の前に立った。
「よく聞いて欲しい…。」
整列した騎士達は微動だにせず、物音一つしない。
セトは、重い口を開いた。
「君達の任務は、ザハイム研究所の研究施設の接収である…。防衛ではない。繰り返す。我々はこれより、発掘現場の接収に向かう。もちろん、ぼくが指揮を執る…。みんな覚悟してくれ。」
騎士達は身動きはしなかったが、その心中の動揺はセトにも痛いほどよくわかった。