美しき詩人の愛 6

翌朝ヨハネは、目を覚ますと机に向かい、物語の残りを、一気に書き上げました。

 
ある日、メトカとマルワの二人が、お昼ご飯を食べに、家に戻ると、お父さんがいました。
お父さんは、力なくうなだれて、何かブツブツと、言っていました。
マルワ「ただいまお父さん、仕事はどうしたの?」
お父さんは、ハッとしてマルワに気づき、温和な顔で、言いました。
お父さん「ああ…、マルワか。今日は、仕事がもらえなかったんだ。並んだんだがね…。まあ、こんな日もあるよ。お父さんは、明日がんばるから、心配はいらないよ…。」
二人は、大して気にもせず、お昼ご飯を平らげると、また花売りに出かけました。
しかし翌日も、そのまた翌日も、お父さんは家にいました。
マルワが、お父さんとお母さんの話を、こっそり聞いたところによると、銀行が破綻して、景気がとても悪くなったらしいのです。
お父さんは、段々笑わなくなり、お母さんもドンドンきつくなっていきました。
そして、食卓に上る料理も、日に日に貧しくなって行きました。
 
ある夜、マルワはおしっこに起きました。
そうすると、何やら口論する声が、聞こえます。
マルワが覗くと、それはお父さんとお母さんでした。
お母さん「あなた!マルワを奉公にだすって、本気なの!?」
お父さん「そう大きな声をだすな…。聞こえるじゃないか。いいかい、私だってそんな事、望んでする訳じゃない。でも、このままじゃ食べていけない。お前のお腹にだって、ほら…?」
お母さんのお腹には、新しい命が、宿っていたのです。
お母さん「だって、マルワはまだ、8つなのよ!そんな歳で、一人で働きに出るなんて…。」
お父さん「よく考えてくれ…。マルワが奉公に出てくれれば、当面の食べるお金は、確保できる。そうすればその内に、また、仕事も見つかるさ…。」
お母さん「私は、そんなの絶対に嫌!あの子は、死んでも離さないわ!」
マルワは、ベッドに走り込みました。
メトカは、よくわかりませんでしたが、お父さんとお母さんに、怒りの矛先を向けました。
段々、家族はギクシャクし始め、メトカへの風当たりも、強くなっていきました。
お父さんは、毎日家にいて座っていて、お母さんは女中の仕事の他に、子守の仕事も、始めました。
マルワも、笑わなくなりました。
暮らしは、もう限界でした。
メトカは毎日、お父様に祈っていました。
こんなに切実に、祈りに向かった事は、今までありませんでした。
 
そんな暮らしが、しばらく続いたのち、ある日、お父さんがワインを抱えて、帰ってきました。
お父さん「ただいま!いい子にして、待ってたかい?」
お父さんは、上機嫌でした。
お母さんは、肝を潰しました。
お母さん「あなた、気でも狂ったの!?そんなに高い物を買って!私達を、殺す気?」
お父さんは、満面の笑みで、言いました。
お父さん「仕事が、決まったんだ!それも、日雇いじゃない。これからは並ばなくても、毎日仕事があるんだ。ポスター貼りの、仕事でね。しかも大きな会社だから、潰れることなんて、まずありっこない。」
お母さんは、突然の話にポカンとして、しまいました。
お父さんは、ワインをテーブルに下ろしながら、続けました。
お父さん「いやあ、窓口の人が、私の人柄を随分評価してくれてね…。信頼できる人に任せたいから、とそう言ってくれるんだよ。」
お母さんは、まだ信じられませんでした。
お母さん「それで、それで、そのお金は?まだ、働いていないのに…。」
お父さんは、子供の様に、いたずらっぽい顔で、言いました。
お父さん「それがね、仕事で必要だから、それで自転車を買いなさい、と言うんだ。私は勿論、断ったよ。ウチにはあいにく、自転車はあるから、間に合っています、とね。そうしたら、ね。いいかい?こう言ってくれたんだ。じゃあ、お祝いのお金として、とっておきなさいってね。そんなに、真面目に考える必要はない、どうせ会社のお金なんだから…、そう言ってくれたんだ。マルワ!それに、メトカ君も。鶏を買っておいで。今日はお母さんの、ローストチキンだ!」
そして四人は、お祝いしました。
そのお祝いの席で、お父さんは明かしました。
マルワの、学校の手続きをしておいたと。
今度のお仕事のお給料なら、お金は十分出せるから、しっかり勉強して、立派な大人になりなさい、と。
マルワは、飛び上がって喜びました。
 
その夜マルワは、ずっとメトカに話していました。
これからの、学校生活について。
友達との、楽しい日々について。
メトカは、思いました。
これは、とても小さな、喜びかもしれない。
でも、人はそれを、天国に迎えられたかのように、喜んでいる。
こういう人たちこそ、天国が、迎え入れるべき、人達なのだと。
二人は夜遅く、眠りにつきました。
そして、マルワが目を覚ますと、そこにメトカの姿は、もうなかったのです。
 
ヨハネは、書き上げた原稿を持って、マグダレーナに見せに行きました。
マグダレーナは仕事中でしたが、手を止めて、読み始めました。
ヨハネ「どうだろう?物語として、起伏に乏しいし、情感としては地味かもしれない。でも、この物語は…。」
マグダレーナは、ヨハネの言葉を、遮って言いました。
マグダレーナ「とても、素敵よ…。見直したわ、ヨハネ。」
 
テーマ曲 「City lights」 Fantastic Plastic Machine
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おまけ
どうも、こんにちは。
オートマールスム(白)です。
好きな缶コーヒーは、タリーズの400mlのヤツ(ブラック)
この作品の元ネタは、シェーン・メドウズ監督の「ディスイズイングランド」。
サイゼリヤでトニック・ウォーター飲んで、青豆食いながら書きました。
昔、ぼくがサイゼリヤで青豆を食べていると、当時の彼女が「そんな物、わざわざお金出して食べる人って、本当にいるのね。初めて見たわ。」って言われて、深く傷付いた思い出があります。
ひどいですよね。
それは、置いといて…。
この話は、昔書いていた話の焼き直しです。
本編も、頼りない天使も。
懐かしいなあ。
結局、書き上げる技術がなくて、しまっておいたんです。
だからこの話は、ぼくの過去の総決算ですね。
気に入った話になって、よかったです。
因みに、「頼りない天使」の元ネタは、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」です。
それでは、さようなら👋。