良太は「幸楽苑」に勤めて、初めてわかったコトだが…。「幸楽苑」には…、それ程重度の要介護入居者さんはいなかった。…お一人だけ、ほぼ寝た切りのおばあさんがいあらっしゃって。あとは全10床中8床が埋まってゆるが、…三人の入居者さんは自立されてほとんど何もする必要がなく。残り四人の方も、認知症があったり車イスではあるモノの…。一から十までまるまるお世話…、とゆ〜ワケではない。
…「今日は川村さんの、食事介助に入ろ〜じゃないか良太くん?ぼくが左で、…良太くん右ね」
手に川村さんのお昼ごはんのトレーを手にした、近藤副主任が良太を呼んだ…。
「川村さん…、体の動きに不自由はないんだけれども。…目があんまりよく見えないんだ、そこをサポートしていくよ」
食事の介助もほとんどの方は必要なく、…見守りだけだった。お昼ごはんトレーを川村さんの前に下ろし、その左側に近藤副主任は座る…。
「こんにちは川村さん…、元気?」
…「こんにちは、元気ですよ」
川村さんは、…90歳を回った小柄なおばあさんだ。あいさつのタイミングを逃してしまい、そのまま右に座る良太…。
「川村さんど〜…、最初はごはんそれともお味噌汁?」
…さすがに、近藤副主任のお声かけは慣れたモノである。
「やっぱり先ずは、…お味噌汁を一口もらお〜かな」
良太は、川村さんの右手に介護用スプーン左手に汁椀を握ってもらった…。ふ〜っと…、息を吐く川村さん。
…「温かくて美味しいね、あたしはお味噌汁が大好きなんだ」
「これは何としても憶えておかなければ」、…と良太は考える。そして次に、ごはんのよそわれたお茶碗をお持ちいただく…。スプーンの先で…、やはり介護用のお皿に盛られた。…刻まれた豆腐ハンバーグを、確認しながら川村さんは食べ始めた。早い入居者さんはも〜食べ終わってしまったよ〜で、…介護士に食後の薬を頼んでいる。
「刻んだキャベツの残りを、スプーンのうえに集めてあげて良太くん…」
刻まれたキャベツもうまくスプーンですくう川村さんだが…、やはり最後の細かく散らばってしまったのは無理なのだ。
…「ぼくがキャベツ集めますから、川村さんスプーンお借りします」
「はいよ」、…介護用スプーンを借りると良太は。散らばった細かいキャベツをスプーンに集め、川村さんに手渡す…。
「ありがと〜…、悪いね」
…川村さんの言葉に、胸が熱くなる良太。「こんなん大したコトじゃないのに」、…そ〜は想うがきっと積み重ねなんだろ〜。
こぼしながらも、川村さんは食事を続けた…。賢明な読者の方は…、お気づきかもわからないが。…こ〜ゆった川村さんのよ〜なケースの場合、大抵は介護する側が全部やってしまった方が。時間的にも手間的にも手っ取り早い、…しかしそれをご自分で為さってもらうのが介護士のお仕事だ。
ごはんやおかずがこぼれてしまったトレーのうえを、川村さんはキョロキョロする…。
「ど〜なさいましたか…、川村さん?」
…良太は、気がつかなくて慌てて尋ねる。
「お味噌汁が見つからなくて、…こぼしてもいけないし」
川村さんの左手に、良太は汁椀を握ってもらう…。
「良太くん…、お味噌汁がこぼれると川村さんにかかっちゃうからそこだけ注意だよ」
…近藤副主任の言葉に、気持ちを引き締める良太。
「やっぱりお味噌汁がイチバン美味しい、…ありがと〜ごちそうさま」
食事トレーを良太が持ちあげると、近藤副主任がお声をかける…。
「川村さんあとはお薬ね…、良太くんこれはぼくやるから」
…何とかやり遂げた、と良太はホッと一息吐いた。自分のやり方や態度次第で、…入居者さんの気分はやはり変わってしまうのだから。責任は重大だ、と良太は考えてゆる…。